1-3 アカン。止まらないよ、これ【やぎゅう からすまる、斬る】

文字数 3,202文字

 私たちを包み込もうとするは、とても小柄で酷く強力な『暴威(ぼうい)』たち。
 短くなった鉛筆ほどの如意棒、至宝たる鉄棒の複製を、それぞれに抱えている。
 彼ら一匹一匹、猛犬ぐらいは簡単に殺してのける。そんな猛獣であり仙でもある。

 それほどまでの大猿王 孫悟空の分身。
 数多く数多く、(まと)わりついてくる、(むら)がってくる。



 刹那、目を見開き、首を動かさずに周囲を見回し、
 身体の周囲を脳に取り込むがごとく、その全体を観る。

 呼吸の静謐(せいひつ)を意識、細めた半眼とともに意識を眉間(みけん)に集中、
 全てを同時にそのように(ととの)え、

 あとは自然(じねん)に、柳生の身体は動く。


 愛刀を(さや)から抜く、真横に一斬(いちざん)、からの右斬(みぎき)(おろ)左斬(ひだりき)()げで二閃(にせん)


 この一動作によって三撃。

 胴体(どうたい)から真っ二つが11体、首を()ねたのが8体、肩から袈裟斬(けさぎ)られたのが10体。散らばった小猿らの遺体が、我が刀術(とうじゅつ)をもってして成した結果。



 常人なら(またた)くだけの合間(あいま)
 このくらいのことができねば武娘仙(ウーニャンせん)(造語)など名のれまい。

 無論アンナと天佑(テンユウ)どのの身には、十分すぎるほどに遠き軌跡を(とお)した斬撃(ざんげき)。師匠が身を小さくしていたおかげで、存分に愛刀を振り回せたのも好都合(こうつごう)。敵だけを確実に破壊する、冷徹極(れいてつきわ)まりなき殺害運動を実現。

 
『未だ無念無想(むねんむそう)には至らずとも、その境地(きょうち)は着実に近づいている』

 そんな実感(じっかん)(あら)たにする。
 動きの()えに(おと)えがないことを、いつものように自覚できたがゆえに。



 生き残った残ったチビ(ざる)ども数体が、あわてたように我らから距離をとった。

「こちらに向かいし暴虐(ぼうぎゃく)、斬り捨てること此処(ここ)に。
 露払(つゆばら)いになりましたか、師匠?」

 敵への警戒を怠らぬように体を(くず)さず、ちらりと視線(しせん)をやると元の姿の戻った天佑(てんゆう)どのが。さすがだ、∵(タイミング)というものを(わきま)えている。

「見事。『これ以上はない』といえるほどに。私自身は()修練(しゅうれん)をそれほどには()んでいなく、多分その才も大したことはないでしょう。ゆえに正しく評価できるわけもない。ですが感嘆(かんたん)しました。美麗(びれい)にて(はや)い、(すさ)まじいほどに。『絶技(ぜつぎ)』という言葉さえ相応(ふさわ)しく感じます」

(おのれ)(うで)が立つことを否定はしませんが、そこまで言われると面映(おもは)ゆい。柳生新陰流(やぎゅうしんかげりゅう)の歴史にて、名声雷名(めいせいらいめい)(とどろ)きたる達人(たつじん)は多く、そんな彼らに比べれば、私は長く修練(しゅうれん)を続けただけの非才にすぎません」

「とくにウソを言っているわけでもないでしょうが、じつに日本人らしい美徳(びとく)ですね。好ましくおもえる謙虚(けんきょ)さこそが貴女(あなた)を、より(うつく)しくより可愛(かわい)らしく(いろど)っています。良きかな良きかな」

 下心があるのかないのかは……どちらでもうれしいんだけど、だけど、でも、こうポンポンこちらの気持ちを()ちぬかれると、天佑どのの顔が見れなくなるから、すごく困ってしまう。技とかじゃなく私自身が『美しく』『可愛(かわい)らしく』『(いろど)って』とか、大事な人からこんな言葉をもらうなんて初めての経験だからなぁ。うう、恥ずい。

 そんな小娘めいた心の乱れに翻弄(ほんろう)されつつも、頭の一部は平坦(へいたん)なまま冷静に敵に注意を向けている……のだが、そんな我が(まなこ)で観られている生き残りのチビ猿どもらは、自らを生み出した場所を(かば)うかのような隊列(たいれつ)を組んでいた。

 つまりは、うつ()せ血まみれで倒れ伏している男。斉天大聖(せいてんたいせい) 孫悟空(そんごくう)の獣毛を頭部に埋め込まれた、(あわ)れな犠牲者(ぎせいしゃ)その彼を、私たちからたちから守るかのごとき行動を、そんな姿をみせている。慈愛(じあい)、なぜか猿王の分身たちの挙動(きょどう)にそんなたぐいのものを感じてしまい、少し混乱(こんらん)する。だが危険はいずこにも去っていないことは間違いなくて……

「さて、どうしたものか」

 (つぶや)きとともに少し怖い顔をつくって、どこか(うな)がすように決断(けつだん)(せま)るかのごとき視線で見つめた。そんな問いかけにも似たこちらからの表情に、天佑(テンユウ)どのが返してくれた答えは、

烏丸(からすまる)さん。(たお)れている彼を、殺してはいけませんよ」

 制止(せいし)(うなが)(おだ)やかな声。

 そしてこの∵(たいみんぐ)で『烏丸どの』ではなく『烏丸さん』と呼びかけられるなんて、
 くらくらするほどに心がふるふると、(ふる)える。我が(ひとみ)から火花(ひばな)()くような、もうなんなの?
 
「ではお覚悟(かくご)を、(てき)はほどなく最大戦力で(おそ)いかかってくるでしょう」

 今なお犠牲者の頭部からは、新たなる小猿王が次から次へと生み出され、それらのよる隊列は厚みを増していくばかり。相手の兵数を増やさないための手段としては、巻き込まれただけであろう血まみれで横たわる彼ごと……

 そんなお手軽(てがる)残酷(ざんこく)最悪(さいあく)な選択肢は、私が恋する男性(まだ内緒(ないしょ))によって(ふう)じられたのだ。
 なんともめでたい。

承知(しょうち)してます。そして、こちらが(くぎ)をさすまでもなく貴女(あなた)も、殺す気なんてなかったでしょう」

 そんな言葉とともに向けられた雄々(おお)しさと優しさの両立した、素適(すてき)笑顔(えがお)がとても(うれ)しいんだけど、この∵男性(ひと)理解(わか)ってやってないんだとしたら、どれだけの天然(てんねん)ジゴロか、信仰と女性関係のからみで悲惨(ひさん)なことになった旧約(きゅうやく)の王様のことが頭に浮かんだり、ああ列王記(れつおうき)よ……私は混乱している。

 (むね)ときめかすは桃色(ももいろ)混乱(こんらん)。そんな(あま)い感情を切り離して、

「ええ。師匠(ししょう)に対する不遜(ふそん)をお許しください。貴方(あなた)をより深く知りたかった」

「お眼鏡(めがね)(かな)いましたか?」

「もちろん」

という言葉で会話で、大事な大切な ∵ 意思疎通(コミュニケーション)

 感じとれたるは、まごうことなき師の(うつわ)
 (あふ)れるほどに愛すに足りる、我が(おも)(びと)宣言(せんげん)する。

「私たちはキリスト教徒です」

 『天佑(テンユウ)さん』のその言葉に、迷わず応じる。
 至高(しこう)なる美しき信仰を高らかに歌おうと、(だれ)であろうと決してやってはいけないこと。
 そのことを胸に、正しき『あたりまえ』を口にする。

力弱(ちからよわ)(もの)()みにじることなどは、あってはならない」

 正義(せいぎ)(おぼ)れ、このことを忘れてしまったら、話にもならないんだ。





作者注、

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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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