1-8 ありゃりゃ……クリスチャンネームは【柳生烏丸、名のる】

文字数 1,795文字

こちらを見つめてくれるのが嬉しき
カトリック仙人なる天佑(てんゆう)さん


叡智(えいち)に至らんとする思考が伺えるその瞳、色は(とび)
その深みに、この心を読みこまれてしまうような
逆に、こちらの胸に飛び込んできたのは、孤独

孤立感でも孤高でもなくたった独り、
何だろう、そんな寂寥(せきりょう)

「あの……ジョバンニさん」

いきなりの、私以外の女声。

そちらに振り向く彼、なびく後ろ髪、
返す声は雄々しくも優しげ

「なんですか、アンナさん」

気づけば羽毛をまとった女
もう鳥妖の姿はやめて人型

彼女は倒れた哀れなる犠牲者の治療中

癒され中の彼は遠目でも、軽傷であったことが見てとれる
もしかしたら、斉天大聖の加護が寄り添うかもしれず、

今回の件、巻き込まれた彼にとって
幸運とは言わないまでも、そう不幸な事件でもないかもしれない。
どうやら毛髪も、また生えてきそうであるし


それにしたって
私たちが気づくより先に、必要な助けを与えたる姿は
聖母の愛に連なる行為であるに違いなく

こんなことだけで胸が痛い、実際に痛いのだ。

好きな男に声をかけたのが、信仰を想わすほどに良き女
それだけで軽い攻撃性のともなう苛立ち、これが嫉妬か。

今は僅かな不快感にすぎないが、
この感情は『七つの大罪』その一つになることさえあるという。
恋とは、これほどまでに情感に充ち満ちて……

これは驚きだ。すごい、こんなのは初めてだ。

そして同時 の胸をついた驚愕があった。なんてこと
キリスト教に関する色々の師匠と定めた人の
クリスチャンネームさえ、私は知らずにいたなんて


それにしても
ジョバンニ

イタリア読み。では、どちらなのだろうか?

イイスス様の師と解釈する者さえいる洗礼者の、かの人か
自らが一番愛されていると宣言した弟子の、あの方か

どちらでも相応しいと思えるのだけど
でもどこか、というか何か……うん、良く言葉にならない

なぜだろうか、天佑さんのクリスチャンネーム
それと先ほど観た瞳、そこから伺えた寂しさ

この二つの間のどこかに横たわる違和感こそが
きおつけねば、いつか彼の信仰心をボロボロ
傷つけてしまうのではないかと、

そんなのは見当はずれに違いない。

なのになぜか、

『この疑問が頭から離れぬかもしれない』

そんな気が、そんな危惧が
泣きたくなるほどに胸に迫った



……まぁ、それを言ったら私も


そうキリスト教に限らず、博愛を求める思想を
軍人や武人が信条とする場合、かならず突き当たる矛盾点

『死と苦痛を撒き散らしながら……何を信じているのか?』

その想いがわくたびに

『信じているふり、演じているだけ、おためごまかし』

勝手に浮かび上がってくる言葉、泥ついた感情が頭に満ちるようで

修練を重ねに重ねた、ゆえに冷静なるのはたやすく
でもそれは『なれてしまう』『なってしまう』ということでもあって


辿りつけるのか(どこへ?)
なにが必要なのか(ゆだねれば良いだけ?)
遠ざけてるだけなのか(では、いつまで?)


……きつい物思いに囚われかけた時、そっと肩に手を置かれた。

見なくても天佑(てんゆう)さんじゃないと分かるあたり
我ながらガチ惚れである。
そのことが嬉しかったり。恥ずかしすぎだったり。
安全、敵意殺意のあるなしくらい判断できる、としても誰?

「あなたの名前は、なんですか」

 うわ、優しさと(つや)が重なりあった
 そう私には微塵もない『女らしさ』に満ちた声

振り向くまでもなく、
アンナさんに触れられていることが分かった

聖母マリアを産んだ母、
彼女の名をもつ姑獲鳥アンナさん。

「そういえば、
まだ烏丸さんのクリスチャンネームは
聞いていませんでしたね」

貴方(あなた)と同じです、
でも違うというか……イオアーンナ」


師匠も聞いて答えた私。我がクリスチャンネーム。

ロシアの女性名であるところのイオアーンナ。
イタリアのジョバンニという名と同じ。

かの名のイタリア読みと、ロシア読みの女性形が一つ。
『ヨハネ』

洗礼者の名でもあり、十二使徒の一人でもある

私たちの名は、この言葉を根源とする
元となったヘブライ語はヨーハーナーン
その意とは『主は恵み深い』
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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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