4-2 生まれた瞬間ごとき喜び 【カトリック仙人 天佑 視点】

文字数 1,013文字

「涙を見たんです」

 激情が治まり、言葉を発せられるほどの落ち着きを取り戻した私が、口にしたのは昔の出来事。ある映画館での目撃の告白。

「振り返れば、女性が泣き伏していた。そして周りに支えられながら、そのスクリーンの前から立ち去っていった」

 心がまた乱れる。話の再開に数秒要する。

「その映画は、ある新聞社の告発をとりあげた物語で、現実に起こった事件を元につくられたものです。そしてそれはあろうことか、カトリックの神父たちによる子どもたちへの性的虐待の数々と、その隠蔽に関わる地獄そのもののような……」

 その顔をみれば酷い衝撃をうけたような烏丸さん。これはダメだ。支えられていてはいけない、こちらが支えなければ。口調を変えねば、そして言葉を重ねないと。

「あなたは、これらの案件については知らないのですね、……優しい君が、こんなことに思い煩うことなどないのに、申し訳ありません、情けない姿を見せてしまいましたね」

 そうだ冷静にならねば。ここは敵地だ。心乱すままでは危険すぎる。これ以上、醜態をさらすわけにはいかない。表情を整えろ、口元を緩めて、こんな時こそ落ち着かないでどうするのだ。安らいだ心地を、心地よき雰囲気を、今、この場に柔らかい暖かさを

「笑わなくていい、こんな時には、こんな時ぐらいは、笑わなくていいんです。そんな無理を繰り返したら、あなたの傷が広がるばかりだ」

 烏丸さんの口からでた言葉は、それこそ私が口にせねばならぬものだったので、不意打ちというか、いきなりでポカンとしてしまう。目の前、彼女の瞳はただただ綺麗で。

「おごがましいのは理解(わか)ってます……でも守りますから。なに者からだとか、どんな風にとか、そんなのまだ判断のしようもないけど、私が貴方を悪意から、この世の全てのそんな闇から守りたいし、たぶん、絶対、きっと……守れますから」

 耳に届く声は美しくて、荒れた砂地に聖水が染みこんでいくようで
 だから私はしばらくの間、涙が流れるままに、彼女の肩に顔を突っ伏すことができた。
 
 こんな場所。さっきまで悪魔集会(サバト)に等しい冒涜が行われていた場所なのに、幼子のように妻に寄りかかり甘えることのできるこの瞬間(とき)を、いくら己のことを情けないと思っても恥知らずだと断じても、包み込まれるようなその喜びから遠ざかることは、とてもできそうにもなかった。





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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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