2-5 エェ……こんな状況なのに、すっごい嬉しい【てんゆう、想い合う】

文字数 1,665文字

 まず話し合いできる状況を作らねば。

 目の前に現れた男。間違いなく彼こそが妖魔(デーモン)ヤマタノオロチの化身。そして、ひと言こちらに語りかけるやいなや一瞬の間も置かず、こちらに襲いかかってきた。虚をつき(おぞ)ましくも迅速(じんそく)に敵の(ふところ)へと、ほぼ(すき)というものがない(ぼう)なる(ちから)

 蛇身のようにしなる腕、鍛え上げられた拳による突きが、烏丸さんの顔面を破壊しようとするのを見ていることしか……

 だが彼女は私の見解などを遥かに超える武芸者。『一寸の見切り』とでもいうのだろう、体軸を僅かにズラしただけで相手の攻撃を見事にかわした柳生武娘仙(やぎゅうウーニャンセン)。抜刀、かえす刃をもって、先ほどまで自らを壊そうとしていた敵の前腕を両断しようとしたが、相手はすでに剣士の間合いの遥か遠くにその身を置いていた。

 オロチが人の形をとった(うつ)()その動きたるや、触れるだけで(つぶ)されそうなほどに重量感があり、それでいて武に力点を置いた仙をも凌駕(りょうが)するほどに機敏(きびん)。最近のくだけた日本語でいえば今の状況、ガチでヤバイ。この男性体、身体能力のみでいえば、私の生涯においてこれまで相対してきたなかでも『まごうことなき最強』そんな存在に違いなく。

「……(はがね)の刀か。光り物は嫌いであるよ、女の持つものではないなぁ」

 どこか小馬鹿(こばか)にした様子で、柳生烏丸に話しかける敵対者(てきたいしゃ)

「知ってるか、そういう態度を当世風だと女性蔑視というのだ。この無礼な蛇めが!」

 わが想い人の答えは、このように烈火(れっか)のごとく。
 しかし相手は黙るどころか、返りし言葉あまりに下劣(げれつ)この上ないほどで。

「女の気持ちなんて理解できるわけないであろう。そういう表象として機能すべき荒神なのだからな……蛇であろう我は。奇稲田姫(クシナダヒメ)の件であの素戔嗚(スサノオ)に邪魔をされるまで、何人何十人を(ニエ)として女性(にょしょう)という存在を楽しんできたのだと思うよ、この ∵ 処女(おぼこ)めが」

 激しい怒りと戸惑う恥じらいで染まりし、武娘仙の頰は朱色で。

「こ……この外道妖魔めが、討ち滅ぼしてやろうか」

「できるのであれば、やってみれば良かろう。ただ今、心にかけるは全く別の心配ではないかのぅ。惚れた男の目の前で痴態(ちたい)(さら)すというのは、ほら、欲望を否定しがちなお前らの信仰に、大きく抵触するのではなかろうかなぁ」

 なるほど(たた)りなす(もの)の思考とは、このようなものか。
 それはそうとして!?、惚れた男って!!

 そういう存在が蛇たる彼のはずがないから、ここのいる人物で該当者(がいとうしゃ)といえば……、
 え、えと、エェっ!。つまりは私にとって、すごぉく嬉しい想いを、彼女が胸に抱えてるってこと?
 烏丸さんに目を向けてみたら、彼女は敵に警戒を保ちながらも、顔の方は耳まで真っ赤。

「自覚なしだったのかよお前ら!。ごめんなぁ互いの淡い想いを暴きたててしまってぇ
 ……げは、げげはぁはははぁ、ぐうぇぐふぃぇしゃーしゃぁあ、しゃしゃしゃぁ!!」

 心奥に嫌悪が降り積もる蛇の舌舐めずりのような、ダミ声大笑(ごえおおわら)い、さきほどまでの美声は見る影などなかった。目の前の邪悪な言説に脅威を感じつつも、降って湧いたよな、幸せな両思い案件に心奪われそうで。私は仙、カトリック仙人である。心はそれなりに鍛えているゆえに未だ冷静ではあるが、ここまでの気持ちの乱れは何年ぶりである事か。

「お医者様でも草津の湯でも恋の病はなおりゃせぬ ♪ 」

 (ふし)をつけ、この国の戯言を小声で(つぶや)いてみる。
 こんな危急の刻にもかかわらず、胸に暖かい光が灯る気がした。



注……特殊な読み方をしてもらうルビの前に、∵ をつけてみました
本来は処女(しょじょ)と読みます
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登場人物紹介

柳生烏丸(やぎゅう からすまる)


ヒロイン


柳生剣士でありながら女仙


キリスト教 正教会信徒


詳細は後日

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