一気呵成

文字数 1,028文字

 日が陰ってきたのを感じて、僕はパソコンを打つ手を止めた。3つ目のシーンも書き終わっていた。
 だが、まだシーンは3つ残っている。
こんな山奥に、いったい何だ! この雨だ、さあ、帰るぞ。
帰るよ、用が済んだら。そんなに危ないんなら、さっさと今すぐ帰ってくれよ!
観、帰るに帰れないの。あなた、車のバッテリー外してきたでしょ? 私たち、バスが来るまで、ここから動けないの。
 第4シーンだ。大雨の中で観と、彼を連れ戻そうとするその他の登場人物が対峙する。豪雨に流される廃屋。地すべりから観を助ける周囲の人々。観は、両親や友人、先生が自分を心配しているのを知る。

 1袖のSS(ステージサイドスポット)は生明かり(カラーフィルターを使わない白色校)を観に当てる。

 2袖のには深い青色が入っていて、崖崩れのシーンでは扉ごと濁流に呑まれかかった観を照らし出す仕掛けになっている。

観……バカ……バカ! 何でこんな……。
ごめん、あきら、でも俺……。
あきらちゃん、ほっとけ! こんなバカ、もう……。

第5シーンだ。

それでも観は皆を振り切って、流された廃屋を川沿いに追う。上手と下手の花道に分かれて、互いの思いを語り合う観と悠里。悠里は濁流に沈む。

もういいの、観! 私、楽しかった。ここへ来てよかった……だって、あなたに会えて、それっきりになるから! もう、帰らなくていいから!
絶対に、絶対に探し出す! 悠里が帰らないんなら、どこかで、俺たち、必ず! 
 このシーンでは、下手花道にぼんやりと現れた悠里は、上がり框沿いに上手花道へと駆ける観を見つめながら、セリフと共にゆっくりと退場していくわけである。
悠里! 悠里……悠里、悠里! ……悠里!

 観の叫びも空しく、悠里が濁流に沈むと、エンディングとなる第6シーンがやってくる。

 引き割り幕が開くと、そこには廃屋の残骸が無残に横たわっている。悠里を探しにやってきた観は、トタン屋根を引き剥がしにかかる。

やめてよ、格好悪いから。
そのリアクション……やっぱり、そうだよな。
諦めてるんでしょう、本当は。
そんなんだったら、最初っから探しに来ないよ。
気持ちの整理をつけに来ただけよ。
冷たいね、相変わらず。
仕方ないでしょ、ロボットだから、マシーンだから、アンドロイドだから。
幽霊だからっていうのは?
あるかもしれない。思い出の中にだけいる人をそういうんなら。
 幻影はそんなやりとりの後、再び下手花道へと消える。上手花道を歩きだした観は元の大人に戻っている。
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登場人物紹介

真崎周平(まさきしゅうへい)


やる気なし、その場にいるだけのほとんど幽霊演劇部員。高校2年生。

アニメオタクで事なかれ主義のどうしようもないダメ男だが、その場の勢いで引き受けた戯曲づくりに夢中になっていく。

安藤かすみ


舞台に情熱の全てを注ぐ演劇少女。演技演出戯曲執筆と、劇作の全てに通じる高校3年生。小柄だがプロポーションも抜群、但し本人に自覚は多分、ない。下級生の面倒見はいいが態度はキツい。実は照れ屋。

羽佐間観(はざま かん)


周作の台本に登場する主人公。

オクテな高校生だが、好奇心は強い。

紫藤悠里(しどう ゆうり)


周作の台本のヒロイン。

未来から来た精巧なアンドロイド。2人以上の人間と接触するとショートする。

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