熱い一夜が明けて

文字数 807文字

 そんなわけで連休明け。台本は、なんとか完成した。
ほら真崎、最初に言うことあるだろ! 全員注目!
お待たせしてすみませんでした……。

 その日の部活で、かすみセンパイは僕の頭を押さえつけるようにして部員全員に詫びを言わせた。
 だが、誰一人として僕の詫びなど聞いてはいなかった。当然といえば当然のことだ。

 やがて最初の読み合わせが始まって、一人ずつ交代でセリフを読んでいくことになったが、誰もが全くの棒読みだった。年度末から待たされた方としては、これも当然の反応だ。

……! 
……!
 しかし、話が中盤、かすみセンパイの言うポイント・オブ・ノーリターンの辺りから雰囲気が変わってきた。
……何よ、不潔フケツ不潔! 観のバカ! 変態! 大っ嫌い!      

……落ち着け都筑、まず落ち着け、お前には全く非はない。安心しろ、こいつらは私がタダでは置かん。まず小菅!
……なんでまずオレなの、観じゃねえの? ナニいきなり来てひとりでいい役持ってっちゃってんの、人の話まず聞けってコラ。
 あきらの詰問と小菅のお節介で、観の隠し事が明らかになっていくシーンである。
 隠されていた情報が少しずつ表に出てくると、おざなりだった読み方が変わってきた。
 読むテンポに緩急がつく。
 一言一言を発する声の高低が変化する。
 誰もが台詞に集中するのが分かった。
観! どこ行くの、観! こんな雨の中! 観!
 かすみセンパイをちらっと見ると、台詞を口にする表情が真剣だった。
えっと……。悠里、あ……。
 僕の番が回ってくる。口がうまく動かない。基礎練習が足りないからだ。
 それでも僕は精一杯、言葉の一つ一つに注意して読んだ。そうせずにはいられない空気がその場にあった。
 順番が終わって、再びセンパイに目を遣った。
……。
 その視線に気付いたのか、かすみセンパイが横目で僕を見た。
 ちょっと微笑したように見えたが、その顔はすぐ台本に向かった。真剣な眼差しだった。
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登場人物紹介

真崎周平(まさきしゅうへい)


やる気なし、その場にいるだけのほとんど幽霊演劇部員。高校2年生。

アニメオタクで事なかれ主義のどうしようもないダメ男だが、その場の勢いで引き受けた戯曲づくりに夢中になっていく。

安藤かすみ


舞台に情熱の全てを注ぐ演劇少女。演技演出戯曲執筆と、劇作の全てに通じる高校3年生。小柄だがプロポーションも抜群、但し本人に自覚は多分、ない。下級生の面倒見はいいが態度はキツい。実は照れ屋。

羽佐間観(はざま かん)


周作の台本に登場する主人公。

オクテな高校生だが、好奇心は強い。

紫藤悠里(しどう ゆうり)


周作の台本のヒロイン。

未来から来た精巧なアンドロイド。2人以上の人間と接触するとショートする。

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