第一曲 テンポ・ディ・ヴァルス(ワルツ)(2)
文字数 1,111文字
「ですよね」
「いちおう仰いな」
「ですから、母上とぼくが結婚すれば、何もかも丸くおさまるのではないかと」
「おさまりませんよ。どうせその話だろうと思った」
「くどくて恐縮なのですが、ぼくと
「どこでそんな言葉おぼえたの、この子は」
「形だけのことではないですか」
「世間はそうは思いません。そんな話、人類始まって以来聞いたことがありますか。姉妹ならともかく、母親と」
「先例がないというだけで、試みない理由にはなりません」
「それこそ子作りはどうするの?」
「精子バンクに登録します」
「やめなさい、価格がどれだけ暴騰することか。それに、次のお世継ぎ候補が五十人も百人も出てきたらどうするの」
「最後の一人になるまで戦ってもらうとか? あ、もちろんオンラインで」
母上はお立ちになって、ぼくのところまでおいでになり、ぼくの髪をくしゃくしゃと撫でられました。ぼくたちの会話はたいていこうして終わります。
「ジークフリート。あなたは本当にいい子よ。世間的にはかなり変わった子であっても、母はいつでもあなたの味方ですよ。だから、あなたがどうしてもいやなら、もうこの話はなしにしましょうね。五人の姫たちにはよくお詫びを言って、おみやげをたくさん持たせて帰しましょう。ひよこまんじゅうとかね。でもね、わかってほしいのは、遅かれ早かれあなたは選ばなくてはならないということ。そしてもう一つ、わたくしはあなたの妻にはなれないということ」
「なぜですか。子どもの頃は、『わたくしはもう、あなたのお父さまのお嫁さんだから』と仰いました。その父上が亡くなって六年、母上はフリーでしょう。母上が再婚でぼくが初婚でも、ぼくはいっこうにかまいません」
「あのね」
「この国で、というかこの地上で」この話になるといつも声がふるえてしまうのが、われながら本当になさけない。「こんなぼくを笑わずに受け入れてくれる女性が、この先、母上以外に現れるとは思えないのです」
「うーん、わたくしもかなり厳しいとは思うけれど、望みを捨ててはだめよ。あきらめないで、ジークフリート。奇跡を信じましょうね」
言われれば言われるほど希望が薄れていくのですが、気のせいでしょうか。
二十歳になった瞬間から結婚しろしろ攻撃が始まるだろうと覚悟はしていたのですが、じっさいに始まってみたら、やはりかるく地獄でした。せめてもう少し、そうだな、あと半年、いや二か月だけでも、放っておいてもらうわけにはいかないかな。いかないだろうな。問題を先のばしするだけだからなあ。
胃が痛い。本当に誰か助けてください。