第十一曲 パ・ド・トロワ、イントラーダ(序奏)(2)
文字数 1,686文字
それにしても、王宮の正門の前なのに、車通りが少ないね。ニュースで見るバッキンガム宮殿の前なんかとは大ちがいだ。うちの国ほんと田舎。
「ごめん。どうしても抜けられなかった、人と会う用事を入れられてしまっていて」
「だと思いました」
えーまたぶっきらぼうバージョンなの。
「明日もちょっと。あさってなら」
「いいんです」
「本当、あさって水曜なら行ける。と思う、たぶん」
「無理しないでください」
やりにくい……。ファニイが笑っています。
「あのわたし、」ちょっと声をひそめて、「お二人にしてあげたいけど、わたしもいっしょにいたほうがいいですよね?」
「うん。そうして」誰に見られているかわかりません。という以前に、この雰囲気どうにかならないのか。ファニイがいてくれたほうがダブルで助かる。
「アンサンブルの楽器編成なんですけど、こんな感じで、あれ、どこ行ったかな」ファニイのかばんごそごそは定番らしいです。「あったあった。こんな感じで」
「弦だけじゃないんだ。管も」
「そうなんです。とくにオーボエがあるとすごく本物に近くなるので。あとパーカッション」
「いいね。ティンパニ?」
「ええ、でも他にも……、オデットも何かしゃべりなさいよ」
「いいよ」
「ティンパニの他にもいろいろあるといいので、手伝っていただけませんか?」
「ぼくが? なんの楽器?」
「トライアングルとか」
「トライアングル」笑ってしまいました。ばかにしたんじゃありません、嬉しくて。「トライアングルすごく難しいでしょう、タイミングが。自信ないな」
「おいしい役ですよー。ワルツ、盛りあがりますよ。あとね、ピアノかキイボードで、和音の薄いところをバックアップしていただけると助かるんですけど。ね、オデット」
「うん」
「本当に?」舞い上がりそうになったけど、すぐ現実に引き戻されました。「でもそんなに練習に参加できないかもしれない。かもしれないじゃなくてたぶん、できないんだけど」
「そこはなんとかします、スケジュールをうまく組んで。もうみんな盛りあがっちゃって楽しみにしてるので、がっかりさせないでください。あとそれと、殿下を何てお呼びしたらいいか問題なんですけど」
「殿下はやめて」
「じゃ何て?」
「ミーメ」
「ミーメって」二人とも爆笑してくれました。よかった。
「へんな小人さんでしょ。それ誰もゆるさないと思います。とくにオーロラとクララ」
「だけどもろ主人公のバカ王子とかぶってるからいやなんだ」
「バカ王子って。じゃニックネーム募集しておきます。ねえオデットも何かしゃべってよ」
「シギイ?」
——何ですかその上目づかいは。そしてうるんだ瞳は。かわいすぎるだろう。殺す気か。
「ああもう、ジークフリートの愛称ね、じゃシギイさまで決定」ファニイは手をひらひらと振りました。「わたしちょっと後ろ向いてますから、キスでも何でもしたら?」
「しないよ!」オデットとぼくと同時でした。
「やだ、もう、なに二人でハモってるの? 知らない。じゃ、せめて手でも握ったら? 三十秒だけよ。はいどうぞ」
こういうとき、男だったら、わざと早くふり向いたりするんだよな。女の子は優しいな。というかファニイが優しいんだな。ありがとう。
たぶん百回目くらいの信号待ち。神さま、こんなことが、このまま続くとは思えないんですが。渡っていく二人を見送りながら、アルブレヒトはあんがい、ジゼルに踊り殺されたほうが楽だったのかもしれないと思いました。