第十四曲 黒鳥のグラン・フェッテ (2) ★BGM付
文字数 2,038文字
ぼくが友だちを家に招くなんてめずらしいというか、ほとんど初めてだから、母上は喜んでしまって、やたらにお菓子を出してくれるので困りました。デジレは礼儀正しくにこにこしていたけれど、ぼくがこっそりお酒を持ってきたら、もちろんそのほうが喜んでいた。
「なんかごめん」
「ううん、同じだよ。うちだったら妹たちが大騒ぎしてもっと大変だ」
母が入ってきて中断してしまったところから、続きを弾いてくれました。王子が登場して、
「オデットは王子の腕に倒れこむ」
ア・ラ・ブレーヴ(大きく二拍子に取って)、マエストーソ(堂々と)。
その後、ふっと音量が落ちます。ハープを支える弦の刻み。ト書き、「白鳥たちが湖の上に現れる」。羽ばたきとさざ波。そして——戻ってくる、管たちが。まずホルン。それからいっせいに、トランペット、トロンボーン、チューバ、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット。ティンパニまで。フォルティシモ。ずっと、ずっと、全員で
「泣いてるの?」
「だってこれ、泣かない?」
デジレはあきれ顔でした。「きみ本当に感じやすいんだな」
同じこと誰かに言われたぞ、前に。「だって泣かない?」
「ぼくはまあ、泣かないけど、なんというか……、言っていい?」
「言ってみて」
「うーん、怒るかなあ」
「怒らない。たぶんわかる」
「そう? これさ、最後……」デジレはさらにためらってから、小声で言いました。「エロいよね」
「うん」
「金管、イッてるよね」
「そう!」
「愛の勝利」笑いをこらえています。
「そうそうそう」
「そういう意味ではハッピーエンド?」
「いやその定義わからないけど、言いたいことはわかる。ぼくも同意見」
「イけたらそれでハッピーだと思うけどな」デジレの端正な横顔で、外国語としてさらりと言われると新鮮です。「先生に伝えといて。イけたからハッピー、って」
「誤解されるだろそれ」
にやにやしています。その笑みが、やがて、ふっと消えました。
「聴いてくれてありがとう。お疲れさま」
「何言ってるんだ、礼を言うのはぼくのほうだよ。本当にありがとう」
「楽しかったよ」余韻のように、鍵盤をぽろんぽろんと鳴らしています。
「デジレ、きみこんなに弾けるのに、どうしてオーボエ選んだの?」
「『白鳥』のソロ吹きたかったから。それだけ」
「うそだろ」
「うそ」
すごいよ。きみこそ選ばれた人なんじゃないのか。そう言いかけたのですが、デジレが顔を上げないので、言うタイミングがつかめませんでした。
やがて彼は椅子を引いて座りなおし、あらためて弾き出しました。これは——連作『四季』の十月、「秋の歌」じゃないか。
どうしたんだ、デジレ。何いきなり、こんな、胸を引き裂くような、哀しい曲。
弾き終わって、しばらく黙っています。どうしたの?
「結婚することにした」
何。
それ。
「それは……、それはおめでとう」
「ありがとう」
いまの曲は、何なんだ。
★BGM:『四季』より「秋の歌(十月)」
https://www.youtube.com/watch?v=hTXEJ2O1x1M