第十七曲 小さな白鳥たちの踊り (1) ★BGM付
文字数 1,732文字
第六曲、「病気のお人形」。
第七曲、「人形のお葬式」。
第八曲、「ワルツ」。
第九曲、「新しいお人形」。
なにそれ。
ピョートル・イリイチ、やっぱりそうとう面白い人かもしれません。西洋音楽史上、人形が病気になって死ぬ曲書いたのって、他に誰かいる? サティでさえ書いてないと思うよ(モーツァルトは飼い犬が死んだとき大泣きしてレクイエム作っちゃったらしいけど)。しかも、お葬式の次にごきげんなワルツが来て、それで「新しいお人形」って何。ひどくないですか、ドロッセルマイヤーさん。こわれたお人形の立場ないじゃないですか。
オーロラがくれたドラジェを、ベンノがレースペーパーを敷いた皿に飾ってくれました。ありがとう、ベンノ。ふっと涙がにじみました。すまなかった。きみはいつも、ぼくをあるべきところへ引き戻してくれるね。丸くて小さいドラジェは、小鳥の卵のようにも見えます。淡いブルーと淡いピンクと、白。甥っこ姪っこに囲まれた、子ども部屋のピョートル伯父さんを思いました。ぼくの部屋にもひよこたちの綿毛が、ふわふわ舞い踊る気がします。ぱたぱたと小さな足音がします。タチアーナ。ユーリ。ヴラジーミル。あれ、この「ナポリの歌」って、まさか。やっぱり。『白鳥の湖』の第三幕に出てくる曲と同じじゃないか。そうか、こんなふうに始まったのかもしれないな。ほらみんな、こっちへおいで、伯父さんがお話をしてあげるよ。昔むかしあるところにね、白鳥に変えられたお姫さまがいました……
ピアノ、弾いていたわね。あれは何という曲?
翌朝の朝食の席で、母上にそう訊かれました。少し逆光になって、柔らかい光が白い袖の上に輝いていた。もしかして、おやせになったのではないか、と、ぼくは初めて気づいて、一瞬何を答えようとしていたのか見失いました。
「『子供のアルバム』です。お聞きになっていたんですか。かわいかったでしょう」
「ええ」
「面白いんですよ。お人形が病気になって死んで、お葬式をするんです」
「それ、面白いの?」
「そのあと、新しいお人形が来るんです」
「まあ」
「おかしいでしょ。古いお人形の立場ないですよね」
ぼくが笑っているので、嫌味も皮肉もないということがわかっていただけたようで、やっと少し、お笑いになりました。
本当にぼくは。何という。申し訳ない、母上。いまここでひざまずいて泣いてしまいたい。どれだけご心配をおかけしたことか。
「わたくしも、ああいう曲が好きよ」ああこの人は。本当に。どうしてこんなに美しいのだろう。「ああいう、優しい曲をね。いいえ、いいのよ、あなたの気のすむようにしていいの。でもね。ずっと怖い曲ばかり聴いていたでしょう。わたくしもね。こ……怖かったのよ」
「申し訳ありません」
「いいの。いいのよ。ごめんなさい、泣いたりして。いやだわ。ごめんなさい」
父上が亡くなったときも、これほどお泣きにはならなかった。本当にぼくは自分のことしか。誓って、もう二度と、『悲愴』エンドレスはやりません。だから泣かないで。こんなに小さい人だったかな、腕の中におさまってしまう。
★BGM:『子どものアルバム』より
「朝の祈り」
https://www.youtube.com/watch?v=H736JP30XNU
「病気のお人形」
https://www.youtube.com/watch?v=y-BKt8CXp_A
「人形のお葬式」
https://www.youtube.com/watch?v=iEpw1r7piss
「ワルツ」←とくにおすすめ
https://www.youtube.com/watch?v=TaP_NaVdlL4
「新しいお人形」
https://www.youtube.com/watch?v=ScpdTAWfsuY
「人形のお葬式」別の人の演奏で、これ背景が少年ペーチャ。
《ガラス細工のような坊ちゃま》と心配されていた頃のチャイコさんです。
https://www.youtube.com/watch?v=i51NoJ6ztMs