第二十一曲 テンポ・ディ・ポラッカ(ポロネーズ)あるいは乾杯の踊り (2)
文字数 2,352文字
「あたしおなかすいた」
「おなかすいたの」
「うん」
「何か食べに行く?」
「パン買う」
「パン?」
「ブレッツェル」
駅のベーカリーでバター付きブレッツェルを買いました。もっちりした生地を棒状にしてくるっと結び目の形にした、あのパンです。横にスライスして切れ目を入れて、バターをはさみこんで、つぶ塩がまぶしてあれば完璧。それがブレッツェルです(アメリカの元大統領がのどにつまらせたっていう焼き菓子とはぜんぜん別物だからね)。あと、売店で、しぼりたてオレンジジュースを買いました。空のプラスチックボトルを買って、半分に切ったオレンジが大量に投げこんであるしぼり機のスイッチを押して、流れ出す果汁をボトルに詰めるのです。で、駅のベンチで食べるのかなと思ったら、きゅうに赤くなって、ホテルの部屋に持っていって食べるって言うから、ホテルどこって訊いたら駅前のエーデルホーフホテルって言うから荷物持っていってあげようかって訊いたらお願いって言うからついていってあげました。受付でコートを脱いだら、真っ白でふわふわのセーターだった。ちょっとサイズ大きめ? カウンターでペンを持ってチェックインのサインしてるけど、袖口が手の甲にかかって、書きにくそうに何度も引っぱってる。まさか、もしかして、これがかの有名な、モエソデ(萌え袖)ってやつ?! ネックの開きも大きくて、片方の肩、素肌が出かかってて、なにそれこんなおしゃれどこで覚えてきたの、いやベルリンか当然。
エーデルホーフはコンパクトなシティホテルだったけど、部屋にはお茶の用意が充実していて、ぼくらは、どうにも気まずくて、お湯を沸かしたりしました。ぼくの好きなレモン入りハーブティーのティーバッグがあったので、これおいしいよねと言ったら、彼女もうんと言いました。性能のいいポットで、お湯は瞬時に湧いてしまって、彼女はレモンハーブティーを淹れて、ぼくが、おなか、すいてるんでしょと言ったらうんと言うから、食べたらと言ったら、うんと言って、ブレッツェルをぽきんと割って、あげると言うから、ありがとうと言ってぼくも食べました。
「シギイ」と言って、抱きついてきたから、ぼくも思いきり抱きしめました。柔らかい。
「会いたかった」
「ぼくもだよ」
そのまましばらくじっとしていました。キス、するのかなと思ったら、ぱっと離れて、ソファに座ってしまった。
「あのね」うつむいて、りんごみたいな真っ赤なほっぺたになっています。「あのね、知ってる?」
「何?」
「聞いたんだけど、ハワイの人たちって、口で話して、伝えきれないことは、踊るんだって」
「踊るの」
「うん、フラダンス。踊りで伝えるの」
「そうなんだ。素敵だね」
「鳥みたいでしょ」
「鳥? ああ、タンチョウヅルか」
「あと、ゴクラクチョウ?」
「ああ、いるね、踊りすぎてなんか謎の未確認物体みたいになっちゃう子たち」ふたりで笑いました。
「だからね、あたしも考えてきたの。振り付け」
「え?」踊るオデットなんて初めてです。
「電車の中で考えてきたの、こんなの」
いきなり歌いだしました。は? 何? え、うそ、それ《白鳥のテーマ》のつもり? くるっと回って手をぽんぽんとたたいて、なにそれ、ヤーパンのボン
「終わり」
「はい?」
度肝を、ぬかれました。知らなかった。オデット、きみ、まさか——まさか——踊りのセンス、ゼロだったんだ。
「白鳥がおうちに帰ってきて嬉しいの踊り」
「嬉しいの踊りなの」かわいい。
「うん。でね、でね、これが二番」
「一番と同じじゃない」
「二番は黒鳥なの」
「どうちがうの?」
「同じ」
意味不明——
「あと見て見て」今度はセーターを脱ぎだしました。というか、うそだろ、セーターもその下もまとめて一気につるんと脱いだよ?!「これね、新しいブラ。買ったの。ショーツもおそろい。ここ見て、ちっちゃいスズランがついてるのね」
「どこ?」
「ここ」
オディール!!
あのね、なんでスズランかっていうと、チャイコフスキーさんね、一時期ガーデニングに熱中して、あの、スズランをたくさん植えて楽しんでたんだって、スズラン、って、素敵よね、ちっちゃくて、いい匂い、彼らしくて、あっ、……
★スペシャル動画:黒い極楽鳥の踊り
https://www.youtube.com/watch?v=rX40mBb8bkU
踊るのオスですけどね。涙ぐましい。身につまされる……(笑)。
★そういえば《黒鳥のグラン・フェッテ》(片脚で立ったまま32回転する超絶技巧のやつ)、載せてなかった。ついでにここに載せちゃいます。これなんかどうですか? 黒鳥も王子も完璧すぎて怖いです(笑)。
https://www.youtube.com/watch?v=XfmSv0z205s