第二十二曲 終曲あるいは序曲(アンダンテ)
文字数 1,471文字
名前を、エリーザといいました。
おしまい。
「おしまいなの?」
「そう」
「どうして?」
「それだけでじゅうぶんだから」
「教えて。エリーザがどうなったか」
ある日、エリーザが、湖のほとりを散歩していると——
一羽の白鳥が飛んできて、ぷーと鳴きました。
「ぷー??」
夕陽が落ちると同時に、その白鳥は、人間の若者に姿を変えました。
ぼくは、お日さまが空に出ているあいだは白鳥で、お日さまが沈むと人間に戻るのです。
まあ、なぜ。
呪いをかけられたのです。
なぜなぜ。
日頃のおこないが悪いから。
「いけない白鳥さんね」
ぼくは、遠くへ行かなくてはなりません。広い海の上を渡っていかなくてはなりません。
途中には夜をあかす島もありません。小さな岩が一つ、海の中に突き出ているだけです。
「まあ」
とても小さな岩なのです。ようしゃなく波がかぶってくるのです。
そんなところへ、きみを連れていけません。
「連れていって」
途中で、海に落ちてしまうかもしれません。
「連れていって」
さようなら。
そう言うと、白鳥は——
「そのお話、知ってるわ。
その女の子は、いらくさを集めて、踏んで、糸を取って、布に編んで、シャツを作るのでしょ。
そうして、そのシャツを、彼に着せれば、魔法はとけるよ。
と、魔法使いのおばあさんが言いました」
それは、おまえさんの手と足をひどく刺して、火ぶくれにするよ。
「かまわないわ」
そのシャツができあがるまで、何年かかるか——
「かまわないわ」
そのとき、狩の角笛が聞こえてきました。
たくさんの家来をしたがえてやってきたのは、王子さまでした。
王子さまは、エリーザのほうへ、つかつかと——
「やめて」
きみのようなかわいい子は、見たことがない。
「やめて」
わたしといっしょにおいで、と、王子さまは言いました。きみはこんなところにいるべき人ではない。わたしはきみにびろうどと絹の服を着せて、金の冠を頭に乗せてあげよう。そうしてきみは、わたしの城に住んで、この国の女王になるのだよ。
なぜ泣くのだ。わたしは、きみの幸福を望んでいるだけだ。
エリーザ。
婚礼の前の日に、エリーザは、白鳥の上に、シャツを投げかけました。
白鳥は男の姿になりましたが、片腕だけ、白鳥の羽根のままでした。
片方の袖が、まにあわなかったのです。
これは不便だなあ。片方だけ、羽根なんて。と、男は思いました。
なんて中途半端な生き物にされてしまったんだ。
もう、飛べもしないし、トイレの後にお尻も拭けない。
あ、それは片手で拭けばいいのか。
とにかく、いろいろ不便。
このまま生きていくのか。うーん、困ったな。
まあ、いいか。なんとかなるだろう。と、男は思いました。
もともと、性格が、いいかげんなやつだったのです。
そして……
「そして?」
男は、遠くへ、遠くへ、旅をして……
ある日、宝ものを見つけました。
「宝もの? どんな?」
きのこ。
「きのこ??」
とってもかわいい、きのこ。
湖のほとりにね。ぽつんと生えていたんだよ。
その子は、いなくなってしまったエリーザに、よく似ていて、
そう、
とってもよく似た、とってもめんどくさい、
とっても手ごわい、
やっかいな、
かわいい、すばらしい、新種のきのこでした。
名前を、ジークフリートといいました。
おしまい。
エリーザ。
なぜ泣くのだ。
ちゃんと帰ってきたじゃないか。
遅くなったけど。
「おかえりなさい。ディートリヒ」
ただいま。
エリーザ。
——ジークフリート・ノート 完——