第十九曲 挿入曲 テンポ・ディ・ヴァルス(眠れる森の、花輪の)(1)
文字数 1,816文字
このさい、アフリカを縦断して、親善旅行をしてみることにしました。いま旅程を組んでもらっています。南半球は初めてなので楽しみです。六月は真冬なんだな。不思議な感じ。
淡々と、そう、思っていたのです。
ところが。
ピアノ四重奏の楽譜を持ち寄ってみようという約束で、ファニイたちと集まったのに、行ったら、それどころではありませんでした。オーロラは顔をぱんぱんにはらしていて、泣いたり眠れなかったりで。スマフォを見せてもらって驚きました。そろそろぼくもスマフォ持ったほうがいいかもしれない。みんなのあいだで話題が三、四周した後で、ぼくだけいつもゼロから説明してもらうの気の毒だから。
デジレ、王室離脱宣言。
もちろん、世界的な関心度からいったら英王室のお二人とはくらべものにならないけど、ぼくらには驚天動地だったわけで、いったい何があったのか。しかも、例のお二人とちがってそこには婚約破棄もセットになっていて、本当にデジレ、どうしたんだ。
「オーロラ泣くことないと思う。あたしは怒ってる」クララ、落ちついて。
「でもかわいそう」これはオーロラ。
「誰が」
「二人とも」
「なんで? 最低だよあの男、見そこなった」
「あのね、あのね、事情が見えないから」とファニイ。「想像だけで泣いたり怒ったりしても。これ、ゆうべから五十回は言ってるけど」
「けど相手の人あんな泣かして」とクララ。たしかにチョコうさぎ姫は記者団の前で可憐に泣きくずれていて、世間の同情は圧倒的に彼女に向けられ、非難はデジレに集中していました。
「理由は?」
「『性格の不一致』だって」
「いまさら? おさななじみだよね? それに王室離脱って、なんでそこまで?」
「意味わかんない。てか、わかる。てか、わかんない? ペーチャ」
「何?」
何、この雰囲気。え、ぼく? 三人とも……え、ぼく?!
「ちがう!!」
「何がよ」クララ怖えええ。
「連絡してないし来てない、ぜんぜん。ほんとぜんぜん。もう百パーセントふられてるから、なんなら千パーセント」
「どうかなー」
「ないないないない。信じて」
「一度も?」
「一度も!——あ。披露宴の招待状は来た」
「で? 返事した?」
「ふつうに。出席って」
「それだな」
「なんで?!」
彼女たちの推測どおり、数日後、美々しいリムジンがうちの王宮の正面玄関に堂々と乗りつけてきて、その数分後、大理石の階段の踊り場で、デジレが足踏みをしていました。
「寒い! 服貸して」
去年帰国するときに、もう着ることもないのだからと冬服をぜんぶ寄付してしまったそうで、彼らしい。薄着で歯をかちかち言わせているのでぼくも驚いて、とりあえずぼくのワードローブから適当なのを見つくろって着せました。ぼくのでも袖が短いってすごくないか。熱いお茶を飲ませたら「ありがとう。じゃ行こうか」って、どこへ?!
川が凍ってるっていうから見に来た、と言うのです。ドナウ凍ったの? いやさすがにドナウは凍ってないけど、インかイルツか、その支流なら。ここ数年暖冬が続いていたのですが、今年はひさしぶりに川岸から氷が薄く張りかけています。もちろん全面結氷してスケートができるところまでは行かないけど。鴨が数羽、氷水に浮かんでいるのを見て、あのままじゃ凍っちゃわない?とデジレはまるい目をさらにまるくして見ていました。
「あの派手な色のほうがオスだよね?」
「そう。いまの季節はね」
「ん、どういうこと?」
「あれ繁殖期限定の色だから。秋はしばらく、オスもメスと同じ茶色になってたよ」
「うそ?!」今度は口までまんまるくあけています。こいつ天才なのに、そんなことも知らなかったのか。笑ってしまいました。
「元気にしてる? アンサンブルのみんな」
「してるよ。というか、みんなで心配してた。すごく」
「だろうね」笑顔、変わらないね。「説明聞いてくれるかな」
「もちろん」
「その前にさ」