第八曲 情景(湖の)(1)
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だけど、フォルテから、すうっとピアノへ。空に消えていくような最終小節。ここが気になっていました。けっきょく悲劇なのだろうか。
ところが、オーケストラ譜を確認したら、ちがったのです。他の楽器がすべてフォルテからピアノへと静まって、基調の五度のエーとハーをそっと奏でているあいだ、ハープだけがフォルテのまま、力強く、明るい高みへと昇りつめていく。驚きました。そうか、ピアノ連弾ではこの
こうなると、やっぱり、勝利を高らかに歌いあげているように聞こえます。そうとしか聞こえません。恋人たちは結ばれるんじゃないのかな。たとえ死ぬにしても。
——二人で死ぬんだと思うよ。
——死なないって。ちゃんと結ばれたじゃない。
——女のほうだけ死ぬんじゃない?
——男が残るの?
架空の主人公たちなのに、どうして心が痛むのか、不思議です。せめて物語の中くらいハッピーエンドであってほしいと願う一方で、うんと不幸な結末のほうが、かえってなぐさめられるような気もしたり。勝手なものです。だいたい、誰も愛したことのない男が命を捧げるととける呪いって、どんな呪いだよ。処女が犠牲になるならそれこそワーグナーとかにありがちな展開だけど、たんにその逆パターンということか。くだらない。たくさん愛した経験のある男にたっぷり愛されたほうが、女も幸せに決まってるじゃないか。チャイコフスキーさん、あなたがわかりません。
調べたら、音楽院に、寮はありませんでした。
この一週間、何も手につかないというようなことはなく、ぼくはかえって落ちついて仕事をこなしていて、楽譜を整理したり、分析したり、写譜したり、記譜ソフトでPCに取りこんだり、それをプリントアウトしたり、言われたとおりに。やっぱりいつかは
ぼくが静かなので、めずらしくロットバルトのほうが先に音を上げました。ちょっとざまみろと思ったけど、本当、むなしい優越感だった。
「ミーメ」
世が世なら断頭台送りですが、ぼく自身はこの言語道断の無礼、嫌いではありません。Mかもしれない。「何でしょうか」
「娘さんはどうしてますか、とか訊かないの?」
ぼくは手を止めて、顔をあげました。「娘さんはどうしてますか?」
「元気にしているよ」
「そう。それはよかった」
沈黙。
「それだけ?」
欲しいものが手に入らなくて、泣き叫ぶ、ということを最後にやったのは、いつだったかな。十歳の誕生日、オルガニストにはなれないと言いわたされたときだったような気がします。
哀しいと攻撃的になるのは、ぼくの悪い癖です。
※1&※2 主音は、ある調の中心になる音です。ハ長調なら「ド」。属音は「ソ」に当たる音で、主音に次いで大切な音です。この二音を往復しているだけでなんとなく曲に聞こえるくらい。
※3 下属調は……ええっと、ややこしいので、「並行調」がふたごの兄妹だとすると、「下属調」は従兄弟くらいの間柄だと思っておいてください。