ごあいさつ ~ジークフリートから愛をこめて~
文字数 2,135文字
ぼくの王国へようこそ。
これは、ぼくのノートです。中味は、ぼくと、ぼくをとりまく人々の物語です。大丈夫かな、こんな、いきなりたくさんの人の目にふれるところに出しちゃって。はずかしいな。面白いかも、しれないなとは、思うんですが、自信がありません。ぼく、よく、話がまわりくどいと言われるのですよ。でもちょっと言い訳させて。それは、誰も傷つけたくないからなんです。だってそうでしょう? ぼくのノートに書かれたために、その人のプライバシーが侵害されたり、そういうことはあってはならないと思うんですよね。ぼくなりの気づかいなんです。わかっていただけるでしょうか?
でも、そのせいで、小説現代長編新人賞の下読みの人に嫌われてしまいました。何て書かれたかというと、
「白鳥の湖というネタをコメディタッチにするという発想は面白い。知識量もすごい。全編一人語りであるのは作品上書きやすくわかりやすいかもしれないが、余計な言葉、筆が走りすぎている感があり読者を置いてけぼりにする」
これ読んで、ぼく、二日寝込みました。メンタルダメージすごすぎて。ああやっぱり、自分はだめなんだと思いました。ずれてるんですよね、きっと、他の人と。何と言うのですか、コミュ障? で、合ってますか? ぼくとしては、この恥の多い人生を、血を吐く思いで(ちょっと盛りました)告白したのに、伝わらなかったなんて、悲しすぎる。恥のかき損です。オデットは「そんなことないよ、少しは伝わったよ。ちゃんとほめてくれてるじゃない」って言ってくれたけど、どうしてあんなにものごとのいい面だけを見られるのかわからない。神よ、彼女をぼくに与えてくださって本当に感謝します。
「そんなに読みにくい、ぼくの文章?」
「うーん……、ほんとのこと言っていい?」
「う、うん」
「読みやすくは、ないよね」
彼女にそう言われて、さらに二日寝込みました。いったい、どうすれば——
え、早く本題に入ってくださいって?
ああ、またやってしまった。
すみません。
何が言いたかったかと言うと、えーと。だから、少しでも読みやすくなるよう、さらに力をふりしぼることにしました。つまりこれは、改訂版です。例えば、オタク用語には注をつけてみました(おもに音楽に関して。あともしかすると、バードウォッチング? あ、でも、ぼくが鳥について語りはじめたら止めてください、長くなるので)。注なんていちいち読むの面倒というかたは、どうか飛ばしちゃってください。飛ばしてもストーリーにまったく影響ないです。じゃあオタク用語ごとカットすりゃいいじゃんって、うん、そうなんだけど、でもね、ぼくとロットバルトがクラオタ、で合ってますか、クラシック音楽オタク談義で盛り上がっていても、どうか温かく見守って、とはいかなくてもせめて見逃してやっていただけませんか、ぼく本当に友だち少ないので。ね。
そうそう。ぼくのノートを読む前に『白鳥の湖』のあらすじを知っておいていただくといいかもと思ったのでした。なので、ここに載せておきますね。
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~バレエ『白鳥の湖』あらすじ~
舞台は架空の王国。花嫁選びに迷う王子ジークフリートは、ある日湖のほとりで、白鳥に姿を変えられた娘たちに出会う。ひときわ美しい王女オデットに魅了された彼は、彼女に永遠の愛を誓う。ところが、翌日の舞踏会で、王子はオデットそっくりのオディールという黒衣の美女に惑わされ、結婚を申しこんでしまう。とたんに響きわたる悪魔ロットバルトの高笑い。オディールは彼の娘で、すべては悪魔の計略だったのだ……。この後、悲劇に終わる版とハッピーエンドの版があり、どちらも上演されつづけています。
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断っておきますが、このジークフリートって、ぼくのことじゃないです。チャイコフスキーさんが創り出したバカ王子のことです。でも、なんだかすごく、ぼくに似てるんですよね。もちろんぼくはいちおう(いちおうなんて言ったら母上に叱られるな)クリスチャンなので、生まれ変わりとかは信じてないことになってるんですけど、公式にはね。だけど正直このバカ王子、ぼくの生まれ変わりか、少なくともぼくがモデルなのかと思ってしまった。いや、ないけど。チャイコさんのほうが百年前の人だから。
ぼくはぼくとして、別のジークフリートとして、こうしてちゃんと二十一世紀に生きているのですが、同じ二十一世紀でも、どうやらこちらは皆さんのユニバースに対するいわゆる《パラレルワールド》らしいですね。そちらの世界では『白鳥の湖』、超有名って本当ですか? テレビのコントに使われてるって? こちらではそんな作品、誰も知らないんです。正確に言うと、知らなかったんです——ほんの一年前まで。
これは、ぼくが愛するオデットと出会い、かけがえのない他の友人たちとも出会って、幻の名曲『白鳥の湖』を復活させるまでの物語です。
お愉しみいただければ、光栄です。
ジークフリート・フォン・ホーエンシュタイン