第二十曲 情景(アレグロ・アジタート、コン・パッシオーネ)(4)
文字数 1,776文字
フリーデマン(自由人)・フォーゲル(鳥)。すごいな。
名前まで、踊るために生まれてきたような子です。
踊ってもいいですか?と声をはずませて言い、マリウスがいいと言う前に、クローディアがあわててピアノに向かう前に、もう踊りはじめていました。ターン。ジャンプ。爪先までがきれい。空中で足を何度も入れ替えるのすごいね! アントルシャっていうのか。ジャンプしてターンしながら場内を一周、グランジュッテ・アントゥールナンっていうの、これもすごいね! 床に足がついている時間より、滞空時間のほうが長いんじゃないのか?
マリウス先生、この弟がかわいくてかわいくて、自慢でならないという表情です。同時に、彼がソリストへの道を捨てた意味が、わかりました。この子に賭けるつもりなんだ。口では照れたように「子どもっぽいでしょう。心配なんです」なんてディーディーに言ってる。ちょうどそのとき、踊り終えた少年がすらりと腕をのばしてあいさつして、上気した顔をぼくらに向けました。
ちがう。子どもっぽいんじゃない。
この子は——
すばやくディーディーを見ると、彼も驚いた目をしてうなずいています。驚く? 衝撃と言ってもよかった。この子、
選ばれた人だ
。筋肉だの反射神経だの専門的なことがわからないぼくらにも明白でした。立っているだけで周囲の大気をまるごと浄化できるようなこのオーラは、努力して身につくものではない、初めから天に与えられているのです。無垢、という文字。
気づいたら、彼のほうへ歩みだしていました。心配だとマリウスがどんな意味で言ったか知らないけれど、ぼくも心配だった。この子が——このまま——ひとつも傷つかないで羽ばたいていくなんてことができるのだろうか? いや、ぜったいできるのだけど、そのためにぼくは何をしたらいい、何をさせてもらえる? フリーディはぼくが意味もなく近づいてくるので、どぎまぎして、助けを求めるように大人たち三人に目をやりました。後で聞いたら彼は、ぼくの前で踊れるというので嬉しくて、前の晩はほとんど眠れなかったのだそうです。
ディーディーとマリウスも、ちょっと興奮してささやきあっています。何。何ですか。
「似てる」
「でしょう? ぼくより殿下に」
何を言われているのか、しばらくわかりませんでした。わかったいまもまだ信じられないです。フリーディがぼくに似てる? まさか。ぼくは、こんな、水晶と羽毛だけでできたような、こんなきれいな生き物じゃありません。それともあなたの目には、ロットバルト、こんなふうに映っているとでも? はずかしいな。ぼくなんてもっとよごれた人間です。二十一なんてもうおじさんだし。あ、言うの忘れてたけど、先週ぼく誕生日でした。誕生日なんてぜんぜん楽しくありません。いつでも正装させられて、公式行事でスピーチさせられて、会っても会わなくてもいい人たちにえんえんとあいさつさせられて、疲れるだけ。今日みたいな日のほうが、よほど生まれ変わった気がします。
え、何? ひよこクラスのきみたち、ぞろぞろ入ってきて、どうしたの? 何かくれるの? それ何? うそでしょ、みんなでぼくの顔を描いてくれたの、クレヨンで? わあ、どうしよう、嬉しすぎる、こんなに素敵な誕生日プレゼントもらったの初めてだよ。クローディアがさっと走っていって立ったままピアノを弾きはじめ、ハッピーバースデーの大合唱になって、ぼくの脆弱な涙腺はまたもや崩壊寸前で、ありがとう、みんな、本当に、きみたちダンスはすごく上手だけど、お歌はふつうに下手なんだね。誰もがとなりの子より大きな声をはりあげようとするから、音程もリズムもわけわかんなくなってるよ。そんなのどうでもいいけどね! 白と黒のツートンカラーのお姫さまたちが、ふたりでかかえてきて大きな花束をくれました。白のカーネーションに黒薔薇を混ぜたアレンジで、どきりとしました。ちょうど、オデットに見せたかったなと思っていたところだったから。