第二十曲 情景(アレグロ・アジタート、コン・パッシオーネ)(1)
文字数 1,722文字
一度ぼくから訊かせてください。どうしてみんなそんなにぼくの、というか、他人の結婚や恋愛に興味あるの? 根掘り葉掘りの質問にスマイルゼロユーロで答えつづけるの、拷問なんですけど。生傷に岩塩をすりこまれるというか。そっとしておいてもらえないかな。もらえないだろうなあ。
事前の打ち合わせもあったし、いつも用意してある質疑応答のレパートリーが二十通りくらいはあるので、適当にシャッフルして答えるのには慣れているはずなのに、今日は途中で二度ほどことばにつまりかけて、あせりました。「理想の女性はどんなかたですか?」理想というのはとくにありません。父と母のような、おだやかで明るい家庭を築いていけるお相手ならば。「ここ最近、新しい出逢いはありましたか?」あったら皆さんにご報告していますよ。ここで笑うはずだったのですが、笑うどころか声がつまって、せきをしてごまかしました。ぜったいごまかせてないな、あれ。失敗した。——助けてください、誰か。うそをつくのは得意ではないのです。おだやかで明るい家庭? ぼくはいま、何もかもかなぐり捨ててベルリン行きのフライトに飛び乗りたいんだ。
ふと、ひさしぶりに《ゆるしの秘跡》を受けてみたいと思いました。ゲオルク神父さまからがいいな。あの丸パンのような優しいお手で十字を切ってもらいたい。そう思ったら、いてもたってもいられなくなったのです。神父さまはこころよく出向いてくださいました。お呼び立てして申し訳なかったと言おうとしたら、その前に、輝くような笑顔でハグされかけ、それからあわてて腰をかがめ、ぼくの手を取ってキスしようとなさるので、ハグのほうがいいですと言いました。せめてあなたの前では、アンサンブルのすみっこにいるおとぼけペーチャでいさせてください。
礼拝堂にはいちおう古風な告解室がついているのですが(あの中仕切りのある小部屋です)、どこでもお望みの場所でと言ってくださったので、ぼくの部屋に来ていただきました。あまりに本だらけなのであっけにとられておいででした。神父さまも山と渓流がお好きで、たまにキャンプもなさるそうなので、しばらくその話に花が咲きました。ふたりで紅茶を飲み、それから、テーブルに聖書を置いて、まるでふつうのお話の続きのように、告解が始まりました。
大切な人を傷つけました、と言いました。
神父さまは、黙って微笑んでおられます。
ぼくは、どうしたらいいでしょうか。
言いながら、ばかなことをと、自分で思いました。告解は人生相談でもカウンセリングでもありません。答えやアドバイスをもらうものではありません。
そのあとぼくが何を話したかは、さすがにここにも書かないでおきます。いえ、ほとんど、何も話せませんでした。それでも神父さまは、黙ってすべて聞いてくださいました。そして静かに手をのべて十字を切り、仰ってくださいました。父と、子と、聖霊の
またいつでもお呼びください。もちろん聖トーマスへおいでになってもいい、お時間がゆるすなら、いつでもおいでなさい。——訓戒めいたことは一言も仰らず、ぼくの手に丸パンのようなお手をかさねて、ただ、優しく、そうくりかえしてくださいました。
いつでもね。どんなときでも。
お待ちしていますよ。