第十三曲 テンポ・ディ・ボレロ (3) ★BGM付
文字数 1,089文字
あなたはぼくの憧れの
嫌われたくない。
「
「スコアリーディング? できなくはないけど。なんで?」
「編曲は?」
「きみの手伝いなら喜んで。あ、でも、外国人が出しゃばらないほうがいいんじゃないのかな」
そんな気をつかわなくていいのに。「そうじゃなくて。アンサンブルとは別に、純粋にぼくの課題。できたら助けてほしいんだ」
「ああ、いつか言ってた」
「そう、『白鳥』の最終曲。演奏会のプログラムからは外されたけど、気になっていて」
「外してよかったよね。大変そうだ」
「大変なんだ。ぼく一人ではきつい」
湖に駆けつけてくる王子。せきあげるようなオーボエで奏でられる主題。《白鳥のテーマ》と呼ばれているけれど、ここは完全に王子の声だ。自分のあやまちを詫びている、たぶん涙ながらに。だけど——あやまったくらいで、呪いはとけない。そう、なんの解決にもならない。
王子。おまえは、白鳥姫にふさわしくないよ。
「悲劇なのかハッピーエンドなのかわからないんだ。きみの意見が聞きたい」
「わかった。ぼくでよければ力になるよ」
「本当? ありがとう! じゃ今度、楽譜渡すよ。あ、そうだ」ほんの思いつきでした。他意はなかったのです。「そうだ、木曜の午後、二時から四時までって、あいてない? アンサンブルの練習の前。ぼくはディースカウ先生の個人指導を受けているんだけど、きみもいっしょに——」
「断る」
えっ。
聞いたことのない声、見たことのない目の色。全身が冷えていくような。突然むかれた牙のするどさに、ぼくは言葉を失いました。これか、ロットバルトが言ってたのは。
「これだけは言っておく。ぼくは先生のことは尊敬しているけれど、苦手だ」
「どうして」
デジレは無言で、ぼくの目を見返していました。黒すぎる瞳の色。読めません。やがて、ゆっくりと一言ずつくぎるようにして、フランス語でつぶやきました。
「たぶん、全部持っているからじゃないかな、彼が。ぼくが欲していて、しかも決して手に入らないと知っているものを」
★ボレロと言ってもラヴェルのではありません。
BGMではないけれどイメージ曲:『白鳥の湖』より「スペインの踊り(ボレロ)」
悪魔が黒鳥を連れて舞踏会にあらわれた直後の踊り。踊るのは招待客の人たちだけど。
https://www.youtube.com/watch?v=dDFSzeAybxc
速っ(笑)。速回しかと思ってしまう、マリインスキー劇場版(ゲルギエフ指揮)です。