第二曲 情景(アンダンティーノ)(1)
文字数 2,050文字
ありがとう、ベンノ。
彼はいつも気を利かせてすぐ立ち去ってしまいます。もっとそばにいてくれたらいいのに。いきなり告白して申し訳ありませんが、ぼくは彼が好きです。彼といると安らぎます。それ以上でも以下でもありません。それがそんなにいけませんか? 先日の検査も、けっきょくはそこを調べるためのものでした。女性だけでなく男性のヌード画像もたくさん見せられました。ぼくが何にも反応しないので皆がっかりしていましたが、ぼくも心底、うんざりしました。ぼくは男とも女とも、誰とも寝ていません。なのに、女性に興味がないとなると、どうして手あたりしだいに男と寝ていると思われてしまうのだろうか。ぼくは、ただ、誰とも深くかかわりたくないだけです。ベンノはそこをわかってくれるからありがたい。こんなぼくの数少ない友人なのだから、よけいな遠慮をされるとたまらなくなります。
だけど彼がときどき作ってくれる夜食は、あれはどうなのかな。まずいというわけではないのです。ただ、そうめんにジェノベーゼペーストって、何か根本的にまちがっている気がする。一度、皿の上で麺をこまかくフォークで刻んでみたら、ちょっとクスクスっぽくなったけど、べつに味が変わるわけではないからね。パスタだって数分待てば茹であがるんだし、だいたい、フライパン一つで全部すまそうというのがいけないんじゃないかな。
六年前に父上が亡くなり、母上が王太子のぼくの摂政になりました。ぼくは十四歳でいきなり、公務という名の
例えばですね、あの騒音。聞こえますか。ひどいでしょう。庭の工事ですよ。城のすぐ前にあんなに美しい湖があるのに、なぜ中庭に池を掘らなくてはならないのか。簡単な話だ。母上の兄者である伯父上の奥方の、お従姉のもとご主人、というのはぼくにとって何に当たるのかすでにわかりませんが、その人が建築造園業をいとなんでいるからです。掘った穴を埋めるというくりかえしを永遠にやっています。有名なナチスの拷問を自分に課しているわけだ。ナチスとちがうのは、ざくっと一掘りするたびに金貨が土から湧いて出ることですが(比喩です)、そんなことを生涯の仕事にして、男一匹生きることに何の意味があるのでしょう。そもそも、あの造園のレイアウトを見せられたときにはあきれました。殿下のご意見をうけたまわりたいと言うから、なぜあずまやを東の中央寄りなどに設けるのか。それは思いきって東に寄せて、人の出入りの多い宿舎の新棟をもっと西に寄せれば、エリアごとの機能が明確になって動線が整理され、すっきりするのにと言ったら、しばしの沈黙の後、でももう決まったことですからと言われ、じゃあぼくの意見を聞く必要ないじゃないですか。あのダサいレイアウトにそって父上の愛した庭が掘り返されていくと思うと、いてもたってもいられないのですが、父上、面目ない、ぼくにはいかんともしがたいのです。この状況はたぶんぼくが正式に王になっても続きますね、若いうちは当分。ああ、明日、一足飛びに五十歳になれないものかなあ。せめて四十五歳。