サバト、そして空を行く その3

文字数 1,313文字

 原宿からは、戸塚、ドリームハイツと云う団地方面、そして僕たちが帰る藤沢駅北口と三方向に向かうバスがある。
 僕たち二人は、帰る方向の異なる皆と店の前で別れ、酔い覚ましも兼ねて、散歩がてら歩ける所まで歩くことにし、国道を逸れ脇道へと降りていった。

 無言で先を歩く使い魔の僕、それを、主人の彼女が後ろからついて来る。空には薄い雲が掛かっており、残念ながら美しい夜空だとは言い難い。

「マサシ、お前怒ってるだろう?」
 彼女が後から僕に声を掛けた。
「怒ってませんよ!」
「いや、絶対怒ってる」
 確かに僕は怒っていた。
「そりゃ、僕はただの下僕で家畜ですから。でもね、一応、名ばかりとはいえ、公主は僕の彼女なんですから、少しは恥ずかしいと思ってくださいよ。ええ、分かっていますよ。生気を吸わなきゃ生きていけないんでしょ。だったら僕だけで済ませてください。その為の家畜なんだから……」
 僕はそう一気にまくし立てていた。
 しかし、そう言ったあと直ぐに、「僕は何を言っているんだ……。僕だけで済ませてくださいなんて」と、小さく呟いていた。

 僕がふと彼女を見ると、彼女は立ち止まり、鋭い目をし、視線を読まれない様に周りの気配を探っている様だった。
「マサシ、囲まれた。でも大した敵じゃない。おそらく光臨派の坊主。十人くらいか……」
(良かった。聞かれていない)
 彼女は辺りを見回してから、一息おいて話を続ける。
「こいつら、ここで倒してもいいが、そんな気分じゃないな。逃げようか……」
 そう言うと、彼女は右手で僕の左手首を握り、左手の拳を前に突き出した。それと同時に僕は自分の体が少し重くなった気がし、空気が足元から上の方に流れていくのを感じたのだ。そして次の瞬間……。

 脱出は一瞬だった。
 彼女の左の拳が、闇夜のフラッシュの様に輝き、右手で僕は目を覆った。
 気が付いたその時には、もう僕は左手でぶら下げられる様に空を飛んでいた。いや、飛んでいたと言うより、宙づりにされていたと言う方が正しいだろう。
 僕と彼女は夜陰の中、空を飛んで敵の包囲から脱出したのだった。

 六月の風は思ったより強く、少し寒いと感じられる程だ。
 下にあるビル、大鋸から西富に入った辺りにある、何かの会社の本社ビルだろうか? その上を越えて行った時、ぶつかりそうなほど直ぐ足下にある様に感じられた。
 右を見ると国道一号線が、足下を見ると駅伝で有名な遊行寺の坂。そこを通る車のヘッドライトは、白とオレンジの長い光の帯となって連なっている。右と左の車線で帯の色が違うのは、ヘッドライトとテールライトの色による違いだろうか……。

 初めての飛行の恐怖と興奮で、僕はその時、そのことに全く気付いていなかった。僕は宙づりの状態の数分間、ずっと下の景色にばかり気を取られていたのだ。

 着陸で地上に近づく時、僕たち二人は、自由落下のように落ちていき、着地寸前に再び上昇気流に乗るように、落下速度を軽減し、ふわりと地面に降り立った。
 彼女との初飛行は、飛行機で飛ぶのとは違い、もっと直接的な、そう、足の付かないジェットコースターにでも乗っている様な感じに近かった。
(鳥は、こんな風に飛んでいるのだろうな)
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