不可解な戦術 その1

文字数 1,752文字

 彼女は、やってきた修行僧二人に、自身の悪魔名を伝える。
「操舵主に、月氏耀が来たと伝えよ」
「ああ、操舵主のお知り合いでしたか? 失礼しました~」
 片方の僧は急に愛想笑いで答え、全く分かっていない様だったが、もう一方は、(しき)りに笑顔の僧の作務衣を引っ張っている。恐らく以前、彼女の平手打ちを食った口だろう。
「おい、お前。ちょっとこっちに来い!」
「なっ、なんだよ~。あっ、すみません。ちょっと失礼……」
 二人の修行僧は、僕たちから少し離れ、コソコソと内輪話を始めた。で、約一分後、やっと話が纏まった様だ。
「分かった様だな! 早く行け。あ、そうそう、この帽子も片付けておいてくれ、自然を汚したくないのでな」
 彼女はそう言うと、僕の持っていた白い帽子を取り上げて、手前にいた方の修行僧の頭に、その儘の帽子を被せて、にっこりと微笑んだ。
 宿敵の襲来に、意表を突かれた二人の修行僧は、逃げる様に山道(さんどう)の階段を駆け上がって行き、瞬く間に姿が見えなくなった。

「さあ、マサシ。私たちも山道(さんどう)から登るぞ。迎えが来たみたいだしな。しかし早い。早すぎる……。私の想定以上だ」
 僕は、迎えはどこから来たのだろうと、まず山道(さんどう)を、そして砂利道(じゃりみち)の登り方向、そして、自分たちの近くをぐるっと見回した。でも、山道(さんどう)からは誰も降りてこないし、周りに人がいる様には思えない。
「足元だ、足元。ほら、ヤマビルとオニムカデが集まっているだろう? 成程、昆虫以外も奴は操れるのか……。うん、家で戦わなくて正解だったな。海に近いあのマンションで戦ったら、江ノ島中のフナムシと格闘する羽目になっていた所だ。ああ、奥の石段の先には、スズメバチが何匹かいるぞ……」
 確かに僕の足元には、尺取虫の様に蠢く短いミミズの様な生きものが、何十匹も集まってきている。
「しかし、もし、そうだとすると、思ったよりは厄介な敵だな」
 確かに、こう矢継ぎ早に虫に襲われると、相手は虫とは云え十分危険だし、確かに厄介だ。しかし、僕には「そうだとすると」の意味がイマイチ掴めない。
「そうだとするとって、何がです?」
「奴に、多少なりと、予知能力があるとしたらだ……。早すぎるのだ、敵の襲撃が。待ち伏せされたとしか思えんのだ。確かに、真っ直ぐ飛んだ訳じゃない。でも、私たちはかなり高速で、虫には追いつけない速度でここまで来たつもりだ。にも関わらず、到着と同時に攻撃を仕掛けられた。まるで、前からここに来るのが分かっていたかの様に……」

 彼女は話しながら、光臨派の寺院へと繋がる石段を登り始めた。僕も彼女の後について行く。三匹のキイロスズメバチは、フェロモンを飛ばす間もなく、彼女の左拳からのシャワー状の光線で一瞬の間に撃ち落とされていた。
「しかし、良く分らん。これは、一体、どう云う戦術なのだ?」
「えっ?」
「もし、私たちが来ることを予期し、その上で待ち伏せするのだとしたら、前もってスズメバチの群を石段の所に準備しておくべきだ。奴が操ったヒルやムカデは、確かに嫌われてはいるが、スズメバチほど危険な存在ではない。スズメバチが三匹だけとは、あまりに少な過ぎる」
 彼女の言う通りだ。
 ムカデは確かに恐ろしい存在だが、部屋に侵入でもされない限り、左程怖い奴ではない。僕らが逃げ出せば済むことだ。
「それに、私がバアルゼブルだとしたら、女王バチを操る。そうすれば、他を操らなくとも、女王バチに近づく私たちを働きバチは自然と攻撃する。兎に角、選ぶのだったら攻撃力の高いオオスズメバチだけで充分だ。それが、スズメバチはたった三匹の働きバチだけで、他は逃げれば逃げられる様な毒虫ばかりではないか? 奴が何匹同時に操れるかは知らないが、虫の選択があまりに不合理だ!」
「手当たり次第、操っているだけなのではないですかねぇ?」
「そう見える。だが一応、人間を攻撃できる虫を選んではいる様なのだが……」

 暫くそのまま登り続けていたのだが、突然、彼女は石段の途中で止まり、後からついてくる僕の方に振り返った。
「マサシ、コートとスーツは冗談だ。そんなに怒るな。帰りは一人で電車で帰っていいぞ。マサシが乗り物酔いする様だったらな」
「えっ? 何がです?」
「いや、何でもない……」
 彼女はそう言って前を向くと、再び石段を登り出した。
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