もういいよ その3

文字数 1,859文字

 お嬢の傍に駆け寄り、心配そうに少女を見つめていた僕に、突然、彼女は別の話をし始めた。
「私が大悪魔として最後の襲撃に参加した時、私の仲間の大悪魔は、私を含めて十三人いた。だが、今回、過去の私たちと同じ特性を持った悪魔のこいつらは、私の世界の歴史とは異なり、そんな大きなグループには、まだなっていないらしい。
 今いるこいつらは、格闘グループと云う、闘うことしか能の無い格闘馬鹿ばかりだ。炎の兄さんしかり、氷の兄さんも。チビの二人など、それすら出来ず、何しに来たのか分からん程だ。こんな奴らだけで、時空襲撃計画など、そもそも立てられるものではない……。マサシ、もう一人いるのだ。この襲撃を指揮した、私の知る限り最強だった大悪魔が」
「え?」
「彼は私の格闘の師匠で、私が転生する度に、赤ん坊の時から育ててくれている、言わば、私の父親代わりの様な人なのだ。
 私はもう、闘いを()めても良い。こいつらは、この時空を、これ以上破壊出来ないし、私が闘うことは、少なからずこの街を破壊することにも繋がる。以前はこんなこと考えたことも無かったのだが、私は闘いをする気がしなくなってしまった。しかし、彼がどう思うのか、私には何とも言えない。何故なら……」
「父親代わりだったら、尚更(なおさら)闘う理由なんて無いじゃないですか?」
「それはそうだが……、どうだろうか?」

 突然、彼女は、大久保へと続く道に広がっている、深く暗い闇に向かって言葉を発した。
「御覧の通りです。もう闘う気が無くなりました。折角来て貰ったのですけど、このまま黙って、この時空から撤退してくれませんか? はっきり言って、私は二度もあなたを殺したくない。私が言うのです。既に私は、師匠のあなたより何倍も強い」
 僕は今、体全体の筋肉が、冷水でも浴びたみたいに、きゅっと引き締まる様な緊張感を感じた。素人の僕ですらそうなのだ、耀公主、彼女にそれが感じられない訳がない。
 それは弟子に『自分より弱い』と言われた彼の怒りなのか? それとも、仲間を倒されたリーダーとしての復讐心の表れなのか? あるいは、強敵を前にした、達人ならではの殺気と云うものなのか?
 僕には当然分からない。そして、この相対(あいたい)するであろう、二人の大悪魔にも、実は分かっていなかったのではないだろうか。
 無意識だと思うのだが、彼女の口元は綻んでいた。恐らく、その雰囲気に、何か陶酔の様なものを感じていたのだろう。
 そして、それは正義感などでは無く、まごうことなき闘いを好む冷血な悪魔、耀公主の本性だったのかも知れない。
「甘いな、この時空のお嬢は……」
 焼け落ちた高層ビルの方角から、がっしりとした体格の男が闇の中に浮かび上がってきた。歴戦の勇士の面構え、(はだ)けた上着の胸元や二の腕の隆起した筋肉、そして、その巨体にあっても、鈍重には思えない安定した足取り。その男は一歩一歩、彼女の方に歩み寄ってくる。
 そして段々と、空気までが質量を変えられたかの様に重苦しくなっていく。
「だがな、俺にも虚栄心ってものがあってな、五人掛かりで、この時空を襲ったのはいいが、三人までボコボコにやられて、俺は闘いもせず帰ったじゃ、みっともなくて、他の大悪魔に会わせる顔がねえ。せめて、お前の首くらいは取らねえとな」
「それでは仕方ないですね。でも、私の首はとても無理だと思いますよ」
 そう言うと突然、彼女は僕の方に走り寄ってきた。
「マサシ、キス!」
 彼女は僕とのキスをし終えると、炎の大悪魔との戦いと逆に、今度は彼女の方から積極的に相手に飛び掛かって行く。師匠と呼ばれた大悪魔の方は、僕たちのキスを見て不敵に笑い、彼女の攻撃を受けるべく右自然体を取り弟子の攻撃を待ち受けた。

 二人が闘いを開始し、拳を交え始めた頃、僕はお嬢の処に再び駆け寄り、地面に両膝をついて、倒れ込んでいた彼女を抱きかかえた。
「お嬢、大丈夫かい?」
「大丈夫……な訳ないよ……」
 お嬢は絶え絶えの呼吸で、何とかその言葉を口にした。
「キスしてもいいかな?」
「お兄さん……、ロリ……コン?」
(しかし、この状況で、どうしてそういう発想になる? でも……)
「ああ、そうだよ。だからキスさせてくれ」
「ロリコン……なんだ……。じゃぁ……、いいよ。どうせ……、もう……」
 僕はお嬢にキスをした。
 いつも彼女に生気を吸われている感覚。あれをこちらから出来れば、お嬢の力を復活させることが出来る筈だ! 僕は自分の感覚を信じた。信じたいと思った。
 僕がキスを()めた時、お嬢は眼を閉じ、もう、静かに眠っていた。
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