蟲王の挑戦 その1

文字数 1,205文字

 僕はその日、突然、朝からマンションに来るようにと彼女から呼び出された。
 休日とは云え、この様な早朝の急な呼び出しなど、悪魔で僕のご主人様である耀公主と云えども、流石に始めてのことだった。
 でも、今回、急な突然の呼び出しだと云っても、僕には全く不満などない。何故なら、僕には、彼女に呼び出される前から、逆に、どうしても今日、彼女に逢いたい特別な理由(わけ)があったのだ。

 彼女のワンルームマンションは、江ノ島駅から龍口寺さんの前を通り越して、海岸通りの方に少し行った処にある。だが、小田急線沿線にある僕のアパートからだと、藤沢で江ノ電に乗り換えるより、そのまま小田急線の片瀬江ノ島駅まで行って、海岸通りを少し歩いて抜けた方が遥かに早く着く。
 初夏の海岸通り、国道134号の風はとても心地良い。もう海に出ているサーファーも少なくなく、朝の波に遊ぶ姿が、とても気持ち良さそうであった。

 僕は彼女の住むワンルームに着くと、三階の彼女の部屋の前まで上がり、そのドアチャイムを鳴らした。ルームキーは持っていないのだが、エントランスで彼女の入室許可の声を聞いているので、今、部屋で僕を待ってくれていることだけは間違いない。
 だが、数分待ったのだが、招き入れてくれるどころか、部屋の中からの返事すらない。
「月宮さ~ん。お邪魔しま~す」
 僕は一応声を掛けてから、ドアノブに手を掛けた。ドアノブは何の抵抗もなく回すことが出来る。ドアは不用心にも鍵が掛かっていなかったのだ。
「お邪魔しま~す」
 少し心配になった僕は、再び定番の台詞を言い、ドアを開き、恐る恐る彼女の家の中を覗き込んだ。僕はそこで、ユニットバスルームに上半身を突っ込んでいる、彼女の下半身に目を止めたのだ。
 彼女はマンションにいた。この部屋は、玄関を入って直ぐ右側にトイレがある。彼女はその扉を開けたまま、よく見ると便座の前に四つん這いになっていた。
(しかし、まぁ……
 こんなに爽やかな朝だと云うのに……)

 昨日買った、彼女へのプレゼント、孔雀サボテンの鉢植えを、僕は玄関の靴箱の上に置き、部屋に上がり込んで、彼女の後ろに回るなり彼女の背中を(さす)った。
「公主、もう、昨日はいったい何杯飲んだんですか?」
「いや、二日酔いではない。ちょっと久しぶりなので、気持ち悪くなって吐瀉(もど)しそうになっただけだ……。でも、もう大丈夫、だいぶ慣れてきた……」
 彼女は身体を少し起こし、四つん這いのまま後退りし、トイレから出て直ぐの場所に移動して、ペタンとトンビ座りに座り込んだ。
「幾ら大悪魔って言っても、肉体は人間なんですからね。少し加減して飲んでくださいね。お粥でも作りましょうか?」
「二日酔いではないと言っているだろう! 人の話はちゃんと聞け!」
「って、公主は人じゃなくて悪魔でしょう! じゃ、どうしたって言うんですか?」
「脅威が迫っている。相当に重大な危機だ。北北東の方角に何かあるらしい」
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