もう一度やり直したい その4
文字数 1,499文字
次の日、僕から彼女にメールをいれても、彼女からの返事はなかった。
その次の日の朝、僕は出社前に片瀬江ノ島まで足を伸ばし、彼女のマンションの前まで行ってみた。休んだのか、避けたのか、会社に行く彼女に会うことは出来なかった。
夜、「ジェイジェイ」にも僕は行ってみた。マスターに依ると、ずっと彼女は来ていないとの話だった。その次の夜も、僕は「ジェイジェイ」に行ってみた。今夜も彼女は来ていないとのことであった。
その又次の夜、彼女がどうしているのか、それだけでもマスターに尋ねようと、僕は再び「ジェイジェイ」を訪れた。
ドアを開け、店に入ろうとしたのだが、入口を入ったところで、僕は電機屋の中村さんに外へと押し返された。
「マスターは客を追い返せないとさ。お前の顔を見ると、俺の酒が不味くなる。さっさと帰れ!」
中村さんの態度から、今夜は奥に彼女がいることが僕にも分かった。
「会わせてください!」
「あー、なんだと?」
「どうでもいいから、会わせてください」
「けつの青い小僧が、何いっちょ前のこと言ってんだ。てめぇなんぞに会わせる人間など何処にもいねえぞ。第一、会ってどうすんだよ。『あれはあなたの間違いです。』とでもほざく心算か? それとも、『私が悪うございました。』って、心にも無いこと言って誤魔化す心算か?」
確かに、僕は彼女に会って、どうするかなど何も考えていなかった。
「マスター、バケツ無いか? なけりゃそのジョッキでいいや、水を汲んで俺にくれ」
中村さんは入口に僕をおいたまま、店の奥に入って行き、水の入ったジョッキを手に持って僕の所まで戻ってきた。
「水を掛けられたくなかったら、さっさとおお家 に帰るって寝るんだな。小僧」
正直、僕は何も考えていなかった。会って何を話すか? どうしたいか? それすらも。でも……。
「そうしたら会わせてくれますか? 頭から水被ったら、彼女に会わせてくれますか?」
「言うじゃねぇか。でも、その一張羅がびしょ濡れになるぜ、二枚目さん」
「背広なんてどうでもいい。そんなものは、どうだっていい。その水を被ったら、彼女に会わせてくれますか?」
そう僕が言い終わる前に、中村さんは僕の頭上から、ゆっくりとジョッキの水を注ぎ始めた。水は冷たかったが、何か僕は、ほんの少しだけ、心が晴れる様な気がした。
あれは、間違いなく誤解ではなくて、僕が優柔不断だったからだ。
(なのに何で……)
この水みたいに、もし、あの時、彼女が思いっきり平手打ちをしてくれていれば、こんなにも垂れこめた雨雲の様な、重たい気持ちにはならなかったろう。
(なのにどうして……)
「今日の所は帰れ。頭が冷えたら、お前も少し考えるんだな……」
そう言う中村さんの口調は、少し穏やかになった様に僕には感じられた。
僕が藤沢市民病院の前から国道467号に出ようとしていた時だった。後ろで何時もの様に平手打ちの音がして、十人前後の男が僕を追い越して逃げていった。
僕はその音を聞くと同時に、坊主頭の男たちとは反対の方向に、前のめりになりながらも夢中で走っていたのだ。
何でそうしたのか? 深い理由はない。なんとなく……。
僕は両手を拳にして、自分の腹のところで上下に重ねた。そして、その体勢のまま、僕は彼女の体へと突進した。
そして、それから、あの時の様に彼女に抱えられながら、僕は消え入りそうな声で呟いたのだ。
「やり直したい。最初から」
「それ、偽物よ。でも……、もし本物だったとしても……。でも……、もし本物だったとしたら……」
最初の時とは、少し台詞 が違っている。でも、それは、僕たちには、もうどうでもいいことだった。
その次の日の朝、僕は出社前に片瀬江ノ島まで足を伸ばし、彼女のマンションの前まで行ってみた。休んだのか、避けたのか、会社に行く彼女に会うことは出来なかった。
夜、「ジェイジェイ」にも僕は行ってみた。マスターに依ると、ずっと彼女は来ていないとの話だった。その次の夜も、僕は「ジェイジェイ」に行ってみた。今夜も彼女は来ていないとのことであった。
その又次の夜、彼女がどうしているのか、それだけでもマスターに尋ねようと、僕は再び「ジェイジェイ」を訪れた。
ドアを開け、店に入ろうとしたのだが、入口を入ったところで、僕は電機屋の中村さんに外へと押し返された。
「マスターは客を追い返せないとさ。お前の顔を見ると、俺の酒が不味くなる。さっさと帰れ!」
中村さんの態度から、今夜は奥に彼女がいることが僕にも分かった。
「会わせてください!」
「あー、なんだと?」
「どうでもいいから、会わせてください」
「けつの青い小僧が、何いっちょ前のこと言ってんだ。てめぇなんぞに会わせる人間など何処にもいねえぞ。第一、会ってどうすんだよ。『あれはあなたの間違いです。』とでもほざく心算か? それとも、『私が悪うございました。』って、心にも無いこと言って誤魔化す心算か?」
確かに、僕は彼女に会って、どうするかなど何も考えていなかった。
「マスター、バケツ無いか? なけりゃそのジョッキでいいや、水を汲んで俺にくれ」
中村さんは入口に僕をおいたまま、店の奥に入って行き、水の入ったジョッキを手に持って僕の所まで戻ってきた。
「水を掛けられたくなかったら、さっさとおお
正直、僕は何も考えていなかった。会って何を話すか? どうしたいか? それすらも。でも……。
「そうしたら会わせてくれますか? 頭から水被ったら、彼女に会わせてくれますか?」
「言うじゃねぇか。でも、その一張羅がびしょ濡れになるぜ、二枚目さん」
「背広なんてどうでもいい。そんなものは、どうだっていい。その水を被ったら、彼女に会わせてくれますか?」
そう僕が言い終わる前に、中村さんは僕の頭上から、ゆっくりとジョッキの水を注ぎ始めた。水は冷たかったが、何か僕は、ほんの少しだけ、心が晴れる様な気がした。
あれは、間違いなく誤解ではなくて、僕が優柔不断だったからだ。
(なのに何で……)
この水みたいに、もし、あの時、彼女が思いっきり平手打ちをしてくれていれば、こんなにも垂れこめた雨雲の様な、重たい気持ちにはならなかったろう。
(なのにどうして……)
「今日の所は帰れ。頭が冷えたら、お前も少し考えるんだな……」
そう言う中村さんの口調は、少し穏やかになった様に僕には感じられた。
僕が藤沢市民病院の前から国道467号に出ようとしていた時だった。後ろで何時もの様に平手打ちの音がして、十人前後の男が僕を追い越して逃げていった。
僕はその音を聞くと同時に、坊主頭の男たちとは反対の方向に、前のめりになりながらも夢中で走っていたのだ。
何でそうしたのか? 深い理由はない。なんとなく……。
僕は両手を拳にして、自分の腹のところで上下に重ねた。そして、その体勢のまま、僕は彼女の体へと突進した。
そして、それから、あの時の様に彼女に抱えられながら、僕は消え入りそうな声で呟いたのだ。
「やり直したい。最初から」
「それ、偽物よ。でも……、もし本物だったとしても……。でも……、もし本物だったとしたら……」
最初の時とは、少し