バアルゼブルとの決着 その4

文字数 1,541文字

 毛虫の体毛は、虫を操っていた例の針金と同じものだと云うことに、やっと僕も気が付いた。やはり、こいつがベルゼブブだったのだ!
 すると突然、虫が日本語を喋りだした。
「そうだよ。私がインセクトマスターだ。だがな、お前たちを騙した訳ではないぞ。お前たちが、勝手に勘ぐっただけだ。しかし、もっと早くお前たちに(とど)めを刺しておくべきだったかな? お前たちの頸椎に針を一刺ししてな」
 間一髪で殺される所だったかと思うと、首筋に冷や汗が出て、僕は思わず自分の首の後ろを撫でまわしてしまう。
「だが、愚かなお前らが、あまりに面白かったので、つい手を出し損ねたわ。まぁ、殺すのが少し遅くなっただけだ……。良いか! この世界の虫は、全て私のものなのだ。お前たちに、一匹たりとも食べさせはせぬぞ!」
「おい、毛虫! 私たちが虫を食うと思って、それで争ったのか? 確かに、絶対に食わないとは言わないが……。仮に食ったとしても大した量じゃないだろう? お前が食い飽きる程、幾らでも虫はいるだろうに……」
 彼女は呆れたように、インセクトマスターと名乗った毛虫にそう尋ねた。しかし、毛虫は「問答無用だ」とばかりに、全く彼女の言葉を聞こうとはしなかった。

「公主、今までに、大悪魔を倒した人間って、何人位いるか知っています?」
 僕は彼女にそう言って、スニーカーを片手に毛虫の方に近づいて行く。
 彼女は呆れていた様だが、僕の方は、こんな毛虫と争っていたかと思うと、少しばかり腹が立っていたのだ。
「さぁ、私の知る限りでは、まだいないな。勿論、今の人間の武器なら、大悪魔を倒すのだって、そう難しくはないだろうがな……」
「公主、この毛虫、僕が潰して良いですか? 大悪魔を倒した始めての人間になってみたいんですよ」
「いいけど、気を付けろよ」
 彼女がそれを言い終わる前に、バアルゼブルは体を縮めたかと思うと、パンと膨らみ直して針金を放ってきた。針金は、まるで生き物の様に空を飛び回る。
 僕は驚いて一歩後退りしたが、彼女は特に驚いた様子もなかった。
「一応、この程度のことは出来るのか……。でなきゃ、虫も捕まらんか。しかし、自在にコントロールできるのは三本程度、後の針金は直行、旋回、放物線、全部単調な動きだ」
 彼女は、左手の拳の光をシャワーの様にして、空にある敵の針を全て撃ち落とすと、バアルゼブルをひょいと摘まみ上げ、左手の(てのひら)の上に奴を乗せた。
「その白髭、むさくるしいな。東南アジアの美容法で、むだ毛の処理にこんなことをするらしい。是非お前にもやってやろう!」
 彼女はそう言うと、残忍そうに口元に薄笑いを浮かべる。
 それに対し、虫悪魔が次の針を放とうと、自らの身体を縮めたその時である。バアルゼブルとの勝負は一瞬で決していたのだ。
 彼女の左手の上のバアルゼブルの体は、蒼い炎を上げ、黒いナマコの様な姿に変えられた。そして、その黒焦げになった敵悪魔の身体を、掌を下に向け、ポトリと彼女は床へと落としたのだ。

 黒焦げになって床に転がるバアルゼブルを眺め、僕はふうと息を吐いた。
「ちょっと可哀想なことしましたね。話し合いも出来たろうに……」
「大悪魔と話し合いなど出来はしない。所詮、こうなるのだ。一応言っておくが、バアルゼブルは死んではおらんぞ。大悪魔はしぶといものだ……。とは言っても、ここでこうなったら、坊主どもに妙な器に入れられ、生き仏にされてしまうだろうがな」
「生き仏ねぇ……」
「外の虫も、全部坊主たちが退治するだろう。さて、そろそろ行くとするか……。少しここで待っていてくれ」
 彼女はそう言うと、庫裡の方へと小走りに走って行った。

 だが、幾ら僕が待っていても、彼女は行ったきり、そのまま八角縁堂に戻って来ることはなかったのである。
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