悪魔の少女 その1

文字数 2,139文字

 新宿に向かうロマンスカーは、休日だったせいか思った以上に混んでおり、前列も後列も、親子連れが楽しそうに夏の思い出を語り合っていた。
 僕の隣の席にも、そんな家族連れの母親が座って、向かいに座る子供らの話を微笑みながら聞いている。そんな中、僕は疲れた観光客の様に、座席に座ったまま、雑音から耳を塞いで静かに目を閉じていた。
 僕の頭の中には、彼女の声が大きく響いている。彼女は白い幻を映し出さなくとも、一時間もしないうちに、僕の心の中で自由に会話が出来る様になっていたのだ。

 彼女は、僕を新宿に行かせようとしたことを、今はむしろ後悔しているようで、何度も僕に新宿行きを止めさせようと説得してきた。だが、そうすればする程、僕は新宿に行くことで彼女を助けられるのではないかと思うようになっていった。そして……。
「共に戦えると思うと、つい嬉しくなって、マサシが人間だと云うことを、すっかり忘れてしまっていたのだ」
 こう彼女が言うのを聞いてしまっては、僕に引き返す選択など出来る訳がなかった。

『良いか、目的は調査だ。それを忘れるな! 脅威が悪魔であったとしたら、住民の避難が最優先。琰の使用は、どうしてもの場合の護身用だと思え。基本、悪魔に遭遇、あるいは危ないと思ったら、必ず逃げるのだぞ……。それから、それから……』
『公主、相手が分からないのでは、どうしようもないでしょう? 取り敢えず、大悪魔に会いましょうよ。もしかすると話の分かる人で、僕たちを助けてくれるかも知れないじゃないですか? 僕だって、命は惜しいですからね。世界を守るヒーローになんか、僕はなる心算はこれっぽっちもありませんよ。だから、公主様、ご安心を……』
『マサシは大悪魔を分かっていない。いくら何でも危険すぎた……』
 目を開いても、もう窓の外は暗くなっていて、車内が明る過ぎる為か、景色は殆ど見えはしない。窓に映るのは、僕の顔と向かいの家族団欒の情景だけだ。
(今日は帰れないな……。すると、明日は休みを取るしかないか。でも、そんなことを心配する必要など、もう無いかも知れないな……)
 僕は心の中でそう呟いていた。

 不思議と僕は、自分でも驚くくらい落ち着いている。何か、闘いにとても慣れている熟練の戦士であるかの様に。
『公主のこの能力って、一種の憑依じゃないですかね?』
『そうかも知れないな。確かに、憑依すると云うのは、相手の意識に寄生すると云うことだ。まぁ今回は、宿主が生きていると云う違いはあるがな。だが、ならば……』
『それにしても、これ便利だなぁ。以心伝心、何でも伝わっちゃう。でも、考えていることが全部筒抜けっては、いただけないですよね。浮気なんかしたら、公主に殺されそうだ』
『ハハハ、マサシが変なことさえ考えなければ良いのだ。いずれにしても、私は直ぐに出ていく。安心しろ!』
『はぁ』
『マサシ、私は少し確認したいことがある。暫く一人で考えさせてくれ』
『ええ、良いですけど……』
 それから暫くの間、彼女は何かを確かめる為か、僕に話し掛けて来なかった。そして、ロマンスカーは定刻通り、一時間半程度で新宿へと到着したのだ。

 新宿西口、大ガード下交差点の長い横断歩道を渡ると、僕は彼女の指示に従い、中央線の高架下の道を大久保方面に歩くことにした。もう、かなり遅い時刻の筈だが、流石に新宿ともなると、藤沢本町と違い、裏通りですら、それなりに人通りがある。
 高架下の道を少し行くと、僕は何か不思議な胸騒ぎの様なものを感じた。それは不快感の様でもあるのだが、どこか懐かしく、暖かい感じがするものだった。
『マサシ、敵が一人来る。やはり脅威の主は大悪魔の様だ』
 僕の心の中で、彼女が敵の襲来を警告する。それと略同時に、僕にも脅威の主の姿が見えた。それは、就学年齢にも満たない小さな女の子だった。少女は深夜だと云うのに、僕に向かって一人で歩いて来る。そして、少女は僕の目の前に来ると、立ち止まり、僕の顔をしげしげと見上げて不思議そうに首を傾げた。
(この子が……?)

「お兄さん、誰?」
 少女は僕にそう尋ねた。少し着ている物が時代掛かっている様にも思えるが、僕には、どう見ても普通の女の子にしか見えない。
『公主、この子が大悪魔なんですか?』
『これは? 何故? こいつは……。だが、確かに、こいつなら、良く知った相手と言えないことも無い……』
 少女は再び僕に尋ねる。
「お兄さん、何でそんなに巨大な脅威なの? もしかして私たちのこと、知っているの?」
「君、本当に大悪魔?」
「へ~、知っているんだ。それで私たちを退治しに来たの?」
『そうだと言え。こいつと闘うのだ! そう言った方が、こいつは油断する』
 僕の心の中で彼女が命令する。
『でも……、公主、小さな女の子ですよ。闘わなくても良いじゃないですか? 大悪魔と言っても、説明したら力を貸してくれるかも知れませんよ』
『力を吸収することなど、どうでもいい! 大悪魔を甘く見るな。こいつは恐ろしい敵だ。だが、付け入る隙がある。こいつは恐らく人間をなめてかかってくる。こいつなら、今のマサシでも退治できる。倒せる悪魔は一匹でも多く殺せ。直ぐにだ! それに……』
『誰なんです。この子は?』
『恐らく私だ!』
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