師匠との闘い、そして別れ その2

文字数 1,380文字

 その時、彼女は質量を減らしておらず、高速移動できる状態ではなかった。岩男君は、腰を抜かした様に地面に座ったままで、師匠の攻撃を見ていなかった。仮に見ていたとしても、咄嗟に手を出すだけの瞬発力は、もう彼に残されてはいなかっただろう。

 彼女は、もう駄目だと思って目を閉じたと、後に僕に言っている。
 
 その攻撃を止めたのは、僕に抱きかかえられ、寝ていた筈のお嬢の両掌だった。彼女は両手しか自由にならない状態で、僕の喉の前に両手の掌を重ねて翳していたのだ。
 それが防具となって、僕の喉は突き破られなかった。勿論、師匠の貫手を弾いた反動で、僕とお嬢は後ろへと二回でんぐり返しをする羽目にはなったが……。

「お嬢、どうして君が?」
 息も絶え絶えで目を開くことも辛い筈なのに、お嬢は僕を守ってくれた。彼女はなぜそうしたのか? 僕に質問されても、彼女自身にも答えられなかったに違いない。でも……、
「お兄さんの抜けた顔、私のタイプなんだ」
「ほっとけよ……」
 瞬間、岩男君が師匠の次の攻撃に備えるべく、僕とお嬢の前に移動してきて、防御の構えを取っている。師匠も僕への二の矢を放つことは、もう出来はしなかった。
 そして、師匠の背後からは、既に彼女が光線砲発射の準備を整え、左手の拳を師匠に向けていた。もう、充分にエネルギーは充填できている様で、拳が既に光輝いている。
 気付いた師匠も自らの体を軽くして、彼女の一撃の前に攻撃を加えようとしたらしい。
 だが、師匠は彼女に近づくことが出来なかった。彼女は、右手を彼に向けて突風を起していたのだ。彼の体は向かい風に向かう船の帆の様に、強風に押し流されていた。
 彼女は、質量を減らした場合、風の影響を受け易いと云う、高速移動の技の弱点も熟知しているのだ。
「風を操ることも出来るのか……」
 彼女は、その台詞が終るのを待つことなく光線砲を放っていた。これは僕も初めて見る大技であった。

「怒れる怪獣のレベルだよ……」
 そう言った、お嬢の言葉を、僕は思い出していた。光臨派に放った目潰しのフラッシュや、スズメバチを焼き落としたレベルの威力ではない。それは将に、怪獣の吐く炎と変わりのない凄絶なものだった。
 光線砲は師匠の頭上を掠め、既に廃墟と化している高僧ビルの中腹を捉えた。その恐ろしい光線技は、ビルの中央を蒸発させる様に一瞬で吹き飛ばし、その衝撃でビル全体までもが崩壊していったのである。
 凄まじい轟音が辺りに鳴り響き、将に悪魔の世界、地獄絵図が展開されたかの様に、衝撃と爆風が巻き起こる。
「今のは、(わざ)と外しました。どうします? まだ続けますか?」
 師匠は、彼女、岩男君、僕を順々に眺め、防御の構えを解いた。
「いいや、もういい……。大悪魔三人と小悪魔の使い魔が一人、同時に相手するのは、俺には荷が勝ち過ぎている。しかし、こいつらまで、敵方に着くとはな……」
 僕はふと、先ほど『父親代わり』と言っていた彼女の言葉を思い出した。

(そういや、この二人の父親代わりでもあるんだな、この大悪魔は……)

「でも師匠、楽しかったです。何千年もずっと、格闘なんてやっていなかったので……」
 彼女は晴れやかな顔で答えた。そう、これが何時もの公主。正義の為なんかで闘うのでなく、楽しいかどうかで行動する。
 それが一番、彼女らしい……。
 僕はほっと胸を撫でおろしたのだ。
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