決闘、炎と氷の大悪魔 その2

文字数 1,830文字

 岩男君は、素人の僕に解説をしてくれる。
「お兄さん、分かる? お姉さん、二人に同時に攻撃されない様に、炎の兄ィと氷の兄ィを、直線上に置く位置にしながら間合いを取っている。兄ィ達の必殺の左も右も、間合いから外されていて、当たりそうもない」
 僕は岩男君に感心した。それと同時に、ちょっとした疑問も()いてきた。
「殴ったり蹴ったりって……、大悪魔さんって、みんな格闘マニア? もっと魔力でドンパチやるのかと思っていたけど……」
「格闘マニア? まぁ、そうかもね。大悪魔が皆そうだと云う訳じゃないと思うけど、僕たちは、師匠の弟子だし、師匠から格闘術を教わりながら旅しているからね」
 まぁ考えて見れば、大悪魔が皆、格闘マニアであろう筈がない。バアル何とかって云う毛虫は、確かに大悪魔だったが、格闘マニアじゃなかったもんな。

 彼女が踵を何かに引っ掛けてよろけた。と同時に、岩男君が叫ぶ。
「あ、誘った!」
 実際の闘いは、殺陣みたいな感じではなく、静かな展開が長く続き、勝負は一瞬に付くと云うのを聞いたことがある。三人がそう言った闘いをしていた訳ではないだろうが、勝負はその後、一気に決まってしまったのだ。
 炎の大悪魔の左ストレートが、彼女の顔面を襲ったが、彼女は右膝を落とす様な形でそれを頭上に(かわ)し、ゆっくりとした右フックを炎の大悪魔の脾腹(ひばら)に命中させた。
 パンチはゆっくりとしたスピードではあったが、短い軌跡だったので大悪魔には避けることが出来なかった様だった。
 攻撃を食らった炎の大悪魔の体は、右脇腹がU字型に飛び出す様に曲がって見えた後、ボーリングの玉の様に、五メートル位転がっていってから壁にぶつかって止まった。
「貰った!」
 オタク風の大悪魔は、この瞬間に彼女の左側に回っていて、右のパンチを彼女の左頬めがけて放っていた。これは(ふところ)に完全に入り込んでいて、僕には、公主でも、もう避けることは出来ないと思ってしまった。
 しかし、彼女は神業としか思えないスピードで、その右拳を、野球のボールをキャッチするかの様に左の掌で受け止めたのだ。
 それでも、さすがにパンチの勢いは止められない。拳を掴みはしたものの、静止させられず、コースを変えるのが彼女にもやっとだった様だ。とは言え、彼女は顔面への命中だけは避けていた。
「俺の右を手で受けたな。終わりだ! 氷漬けになれ!」
 オタク風の大悪魔は、勝利を確信したかのように、そう叫ぶ。
 しかし彼女は、全く意に介さず、オタクの右拳を掴んだまま、(おもむろ)に屈んだ姿勢から立ち上がり、笑みを浮かべながらこう応じたのだ。
「やってみろ! 氷漬け」
 彼女は氷漬けにならなかった。
「利かない……。全てを凍らせる、氷の兄ィの冷凍パンチが……」
 岩男君が驚いた様にそう呟いた。
 恐らく、オタクが放った冷凍パンチは、彼女の(てのひら)の熱に相殺(そうさい)されてしまったのだろう。彼女の左掌は、灼熱の(てのひら)なのだ。
 氷漬けにすると言った彼の右拳は、最初、彼女の左手に掴まれているだけだったのだが、次の瞬間には、朝顔のツルの様に延びた彼女の左手の指に、螺旋状に絡みつかれ、もう逃げられない様に固定されている。 
 これで、氷の大悪魔の必殺の右は、彼女の左(てのひら)に依って、完全に封じられてしまったのだ。

 動揺するオタク大悪魔に、彼女はゆっくりとした右フックを放つ。
 多少軌跡の長いパンチが、捉えたオタク大悪魔の右頬を目掛け、スローモーションの様に襲い掛かった。それを、奴も彼女と同じ様に左の(てのひら)で掴もうとする。しかし、指が変な形に曲がって弾き飛ばされ、そのまま彼女の拳が奴の顔面を直撃した。
「やってみろ……」
 再び、同じゆっくりとした彼女の右フック。奴はもう防がなかった。いや、防げなかったのだろう。
「やってみろ」
 彼女は全身を使って、同じ攻撃をダブル、トリプルと繰り返し続ける。
「やってみろ」
「やってみろ」
 彼女は以前、僕にモンケンパンチと云う打撃について話してくれたことがある。恐らく、今彼女が放っているのがそれなのだろう。
 それは、彼女の右拳をビル解体に使う鉄球くらいに重く、そして鋼鉄の様に固くして繰り出すパンチなのだそうだ。
 僕には彼女が、自分の拳の重さによって、彼女自身すらも振り回されている様に見えた。
「やってみろ」
「やってみろ」
 彼女の攻撃の度に、ズシン、ズシンと重い音が響いていく。しかし、何発目かを境に、それは、長靴で泥濘(ぬかるみ)に入った様な、グシャッと云う気持ちの悪い音に変わったのだった。
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