そして僕は彼女と会った その4

文字数 1,667文字

 僕は受付に現れた男に促され、奥へと進んで行った。何か昔の古い病院の様な、陰気臭い薄暗い蛍光灯の灯った、寒気がする様な廊下だった。

 僕が通された場所は、会議室の様な部屋で、前面に演台があり、それに向けられた形でパイプ椅子が並べられていた。そして、その椅子には、屈強そうな坊主頭の男たちが、既に何人か座っている。僕と同様に、彼らも妖怪退治に応募した人達なのだろう。僕はそう考えた。
 それにしても、そんな猛者(もさ)たちが、この面接に集まっているのには、僕も流石に驚いた。正直、遊び半分でここに来た僕は、まさかとは思いつつも、本当に妖怪退治ではと、ビビって冷や汗が流れそうになった。

 十時の集合時刻になると、この企画の発起人が現れ、僕とその坊主頭の男たちの前の壇上に立った。
 この企画の発起人は、帽子を目深(まぶか)に被り、サングラスをかけた、見るからに怪しげな男だった。この怪しい男は、自らを光臨派幹部と名乗り、妖怪退治候補者に謝辞を示してから企画の趣旨を手短に説明した。
 そして、その簡単な説明が終ると、僕たちは待合室に移動させられ、順番に面接を受けさせられたのだ。

 僕の番になると、僕は案内に従い面接室に通された。そこは、刑事ドラマの取り調べ室の様な狭い部屋で、そこで待っていた怪しい企画発起人と、僕は二人きりで面接を受けなければならなかった。

 企画発起人は僕が席に着くと、直ぐに仕事の趣旨を説明し始めた。
「この企画に参加下さって、本当にありがとうございます。君が退治する妖怪なのですが、そいつは……」
「待ってください。僕の面接はどうなったのですか?」
「この企画に応募できたと云うことは、既に君には、妖怪退治できる霊力が既に備わっていると云うことです。勿論、合格ですよ」
 この説明に乗せられ、調子良く煽てられた僕は、以降の説明にも、取り敢えず聞いてみようかと考えて、相手のペースに嵌ったまま、ずるずると話を進められてしまったのだ。

「今夜、君の退治する相手は、耀公主と言って、妖力を用い、夜な夜な街を徘徊し、蜘蛛の様に男を獲え、吸血鬼の様に口移しに生気を吸い取ると云う、邪悪で恐ろしい悪鬼なのです」
「そ、そんな恐ろしい奴、僕が退治できる訳ないじゃないですか?」
「大丈夫です。ここに霊剣があります。これで刺せば、どんな妖怪でも一溜りもないのです」
 企画発起人は、「降魔の利剣」と呼んだナイフを取り出し、テーブルの上に置いた。僕はそれを手に取ったのだが、ナイフに刃は付いていなかった。
「このナイフですが……」
「妖怪を倒すのに必要なのは、物理的な刃ではなく、霊的な刃なのです!」
 僕は「本当ですか?」と言いたくなったのだが、馬鹿々々しくなったので、その言葉は飲み込み、彼の話の続きを聞くことにした。

 企画発起人は、僕の疑いの表情など全く気にすることもなく、藤沢本町駅周辺の地図を取り出し、妖怪退治の作戦を僕に説明し始めた。
「耀公主は、陽が落ちて一時間以内に、新宿方面行きの各駅停車に乗って、この駅で降ります。彼女はこの様な道順を歩く筈ですので、君はここまで来たら『耀公主』と敵を呼び止め、本人であることを確認した上で、このナイフで相手を刺し、妖怪を退治するのです!」

 ま、僕の率直な感想を言わせて貰えば、「なんで、そんな細かい道筋や時刻まで分かってんだよ! そんな話を、誰が信じるものか」と云った様な感じだった。

 こうして僕は、この怪しげな男の簡単な面接を受け、他の妖怪退治者と同じように、個別にターゲットとする妖怪と、そいつを退治する作戦の指示を受け、必要な武器を預かり、前金で謝礼を受け取って、その任務を果たすべく面接会場を後にしたのだ。
 そして僕は、本町の駅で、この耀公主と云う妖怪が現れるのを待った……。

 それにしても、僕以外の面々の方は大丈夫だったのだろうか?
 いや、しかし、今思うと、あの怪しい男も、帽子で頭を隠してはいたが坊主頭……。
 もしかすると、あいつら全員グル。僕以外の奴らは、僕を騙すために、一芝居打っていただけだったんじゃないのか?!
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