消えた耀公主 その4

文字数 1,578文字

 彼女の部屋の中は暗く、全く人気(ひとけ)が無かった。カーテンと掃出し窓は大きく開いたままで、潰れたカマキリの死骸もそのままカーペットの上に残っている。
(朝、飛び出した時のままだ……)

 操舵主と言われるあの長老は、単純に彼女の敵と云う訳ではない。ある種、同盟の様な不思議な関係が結ばれていた。ならば、必ずどこかに、光臨派の手掛かりとなる何かが残されているに違いない。
 僕は彼女が前に『操舵主に電話する』と言っていたことを思い出した。
(どこかに電話番号のメモがある筈だ……)

 それに、彼女は光臨派総本山のある場所を知っていた。上手くすれば、印を付けた地図の様なものがあるかも知れない。
(まず、部屋の明かりを着けよう……)
 しかし、その必要は無くなった。

 僕が薄暗がりの中、灯りのスイッチがどこかに無いかとクローゼットの辺りに目を遣った時のことだった。月の光だけが明かりとして差し込む部屋の奥に、白く輝く彼女の姿が、うっすらと浮かび上がってきたのだ。
「幽霊?!」
(ああ公主、幽霊だなんて……、
 やっぱり、死んじゃったんですね……)

『幽霊? 脅かさないでよぉ! 私はお化けとか、そういう物理で説明できないものが、大の苦手なのぉ』
「はぁ?」
 僕の幽霊と云う言葉に、少しパニックを起した彼女であったが、それが自分のことを指していると云うことに気付き、恥ずかしそうに咳払いをして誤魔化した。
『ゴホン! 私も良く知らなかったのだが、どうやらこれは、いままで憑依してきた人間が持っていた、夢枕に立つと云った様な、特殊能力らしい』
「公主……、生きているんですね」
『当たり前だろう』
 彼女は僕の心の中に直接語り掛けてくる。どうやら、この白い影は幽霊ではなく、彼女の能力で作りだした幻の様だった。
 と云うことは、能力が使えている以上、彼女は間違いなく生きていると云うことになるではないか!
「良かった……」
『しかし流石だな、マサシはいつも寝ぼけているので、マサシが起きていても、私はマサシの夢枕に立てるらしい』
「何を馬鹿言ってるんですか。すぐに助けに行きますからね。あの寺のある場所を早く教えてください」
『う~ん、無理だな。奴ら寺の回りを、交代制二十四時間不眠不休で取り囲んでいる様だ。マサシではどうにもなるまい』
「バットでも何でも持っていきます。一人で駄目というなら、『ジェイジェイ』の人たちと一緒に行きます。マスターや中村さんたちも、公主のことを心配してるんですよ」
『それは本意ではない。私は兄たちを危険に晒したくないのだ。だからこそ、光臨派の本拠を襲撃しない条件で、こちらの家などに手を出させない様にさせているのだ。その条件を飲めば、いつ待ち伏せしても良いと云うことにしてな。しかし、マサシのことだ、手を出すなと言っても聞くまい。だから、寺の場所は、使い魔のマサシにも教えない!』
「そんな……」
『短い間だったが本当に楽しかった……。みんなにも宜しく伝えてくれ……。あ、嘘だ、嘘。本気にするな! こんな部屋、何時でも出ることが出来る』
「公主、僕は公主が教えてくれなくても絶対、探しますからね。そして絶対、公主を助け出しますからね」
『あいつら、弱いと言っても武器を持っているのだぞ。マサシ、お前は殺されるかも知れないのだぞ』
「そんなの何ですか! 僕は絶対公主を護るんだ! マスターに、公主を護ると約束したんだ。僕が護ると……」
『そうか、兄からあの話を聞いたのか……。ありがとう。嬉しかった……。だが、心配するな、私は本当に一人で脱出できるのだ』
「公主!」
『だが、もし、もしも……だが、私の為に命を懸けてくれると云うのなら……』
「勿論です!」
『一つ頼みがある』
 彼女の幻の言葉に僕が頷くと、彼女はちょっと考えてから話を続けた。
『朝言ったろう。都心に調査に行く話。あれに行ってきて欲しいのだ』
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み