悪魔の少女 その2

文字数 1,628文字

 僕は彼女の言うことが、最初のうちは理解できなかった。
『この子が公主? でも、公主はここにいるし……。確かに、少し似ている様な気もするけど……、ずっと幼いし……』
『大悪魔は時空を渡り歩く盗賊だと言っただろう? 時空を移動できる以上、同一時空に私が同時に存在することになっても不思議ではない。こいつは、私が子供の時の姿だ。
 しかし、過去の私自身ではない。私にはマサシと会った記憶などなかった……。恐らく、こいつは別時空の私だ。それも、私が耀公主となる前の、ベースとなる純粋な大悪魔の姿なのだと思う』
 この女の子の存在は、彼女、即ち耀公主にとっても相当意外だったに違いない。
 憑依されているせいだろうか、僕には不思議な事に、彼女の困惑と動揺が手に取るように感じられる。

 昔、彼女は時空について、僕に説明してくれたことがある。
「空間と時間が等しい世界を一つの時空と呼び、時空は石鹸液に浮かぶ泡の様に、幾つも幾つも存在するのだ。
 この時空ごとの発生は全て似通っており、結果が全て原因に起因するものなら、その時空の進化も同じ様に進んでいく物なのだ。
 その似通った時空のことを、並行世界、パラレルワールドと呼んでも差支えないだろう。
 今、この時空にマサシがいると云うことは、同一の進化を遂げた時空にも、マサシが存在する可能性は高い。勿論、その時空のマサシはお前ではない。だが、外からの影響を受けない限り、別時空のマサシも、マサシと同じ行動を取るマサシなのだ」
 そして彼女も、何れかの時空で発生したものであるならば、当然、別の彼女が存在しても不思議ではないのだろう。
 しかし、色々な要素が加えられ、歴史の流れに変化が出たのだろうか? こちらの時空で彼女は耀公主となり、あちらでは大悪魔の女の子として、この時空に侵攻していた。

「どうしたの? 私を倒しに来たんじゃないの? ねぇ、早く闘おうよ。私、結構強いんだよ!」
「君が強いのは大体想像が付くけど、お兄さんは、別に君に危害を加えたい訳じゃないんだ。お兄さんは……」
 女の子は少し不機嫌そうに膨れた。
「あ~、馬鹿にしている。子供だと思って、弱いと思って馬鹿にしているでしょう?」
「そんなことないさ。君、そんなに悪そうに見えないし……」
 大悪魔の女の子は、僕を少し馬鹿にする様な表情を口元に見せた。
「そんなこと言っていていいの? この服、どうやって手に入れたか知っている? 持ち主の子を食べたのよ。生きているうちに。死んじゃったら栄養にならないから……。あなたの種族の子供を食べたのよ、バリバリと、頭から……。これでも見逃すの?」
「そんな……。でも、僕は君とは戦いたくないんだ」
『マサシ!』
 僕の心の中で彼女が叫ぶ。
「フフフ、次はあなたの彼女かも知れないわよ。私が食べるのは……」
「それは無理だと思うよ。彼女の方が、君より絶対強いから」
 僕には少女の強さが手に取るように分かる。確かに、新宿の街を歩いている普通の人間より少女は強いに違いない。だが、彼女の力と比較したら、明らかに違い過ぎる。それは子供と大人と云うレベルの差では無い。
 だが、僕の何気ない台詞は、女の子の機嫌を完全に損ねた様だった。憤慨した女の子は突然、僕に蹴り掛かってきた。
 子供とは思えないスピード……。僕はなりふり構わずに頭を抱えてそれを避けた。すると、僕が逃げた為に蹴られることになった、コンクリートの壁が、大きく(ひび)割れを起して崩れそうになっている。
 僕は頭を抱えて逃げていたので、その女の子に回し蹴りで散々に尻を蹴られた。しかし子供のせいか、女の子の蹴りは痛いのは確かなのだが、思った程ではないと云う感じだった。
(これなら直ぐには殺されない!)

 隙を見て、僕は例の珠を内ポケットから取り出し、女の子に額に(あて)がおうとした。僕の目的は、大悪魔の能力をほんの少しだけ分けて貰うこと……。だが、残念ながら、それは大悪魔の女の子に軽く避けられてしまったのだった。
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