悪魔の少女 その5

文字数 2,280文字

 しかし、外からそれを言った少女は、もう立っていることも出来ないらしく、車道の真ん中で左右に身体を揺らして、そして倒れた。
『マサシ、なぜ()めた? こいつを永遠に葬り去るチャンスだったのだぞ』
『公主、能力って全部吸い取らないと使えないのですか? だったら別の悪魔にしましょうよ。小さな女の子なんですよ』
『こいつを滅ぼすことが出来れば、能力なんて無くても良い。早く生気を全部吸い取れ! 絶好のチャンスなのだ』
『僕にも分かりました。公主に憑依されたことで……。能力を得るには、生気を全て吸い取る必要などないんですよね。公主、女の子の力を全部吸い取らなくても良い筈ですよね。それで脱出も出来るのですよね』
『私のことなど、どうでも良いのだ。こいつらは大悪魔なのだぞ。生かしておくと、何人もの人間が死んで行くのだ。大悪魔に情けを掛けてどうするのだ?』
『僕はこれ以上、この子から生気を吸い取りません。だから……』
『相変わらず頑固で我儘な奴だな……。マサシがどうしても嫌だと言うなら、マサシはこいつを殺さなくても良い。それは私がやる。
 しかし、暫の間、私はマサシを守っていられない。だから、マサシは悪魔に手を出しては駄目だ。人間を避難させたら、早々にマサシも逃げるのだ。良いか、ここにいる大悪魔とは、もう絶対に闘ってはいけない。悪魔を見かけたら直ぐ逃げるのだぞ。
 琰があるからなどと言って、進んで大悪魔と闘おうとなどとは絶対考えるな。
 マサシも知っている通り、大悪魔に噛まれると、人間は麻酔を掛けられた様に一切の抵抗が出来なくなる。そうなると、琰を使うことなどは当然出来はしない。それを忘れるな。万が一でも琰を使う時は、注意して大事に使え。兎に角、大悪魔には絶対に隙を見せてはならん。いいな!』
 彼女はそう言い終わると、フッと僕の頭の中から去って行った。そう、脳の一部が突然に軽くなり、彼女は僕の脳から消えたのが、僕にも確かに感じられた。
(これからは、文字通り僕一人か……)

 取り敢えず、僕は倒れている女の子を抱きかかえ、歩道の所まで運んだ。それから、女の子をビルの植栽の処に座らせると、僕は女の子の右に座り、男の子を女の子の反対側へと座らせた。
「少し休もうか。君たちの名前は? と言っても、僕には聞き取れないか……」
「私はお嬢でいいわ。みんなから良くそう呼ばれているから」
 女の子が息を切らしながら答えた。
「僕は……」
 少年はこの様なこと、考えたこともなさそうで、少し困っている様だった。
「君は石の様に固くなったり、皮膚を変形できるんだろ。岩男君で良いかい?」
「お兄さん、すごい。彼の能力が分かっちゃうんだ……。さっき、お兄さんのこと弱いって言ってご免ね。お兄さん、小悪魔とは思えないくらい、凄い魔力を持っているんだ」
 少し元気を取り戻したお嬢が、楽しそうに話し出す。
「違うよ。君たちのことが分かるのも、あの珠を作ったのも、僕の(あるじ)の力だよ。僕は彼女の使い魔なだけさ」
「へー、会ってみたいな。お兄さんのご主人様、すごい小悪魔なんだね。もしかして、私より強い彼女って、ご主人様のこと?」
「そうだよ。変かい?」
「ううん、羨ましいな……と思って」
 今度は岩男君が質問してくる。
「お兄さんは、どうして僕たちを倒さないの? 僕たちを退治しに来たんじゃないの? お兄さんって、本当は強いよね。だって、僕のサーベルが全く通用しなかったもの」
 岩男君は、どちらかというと、僕が闘おうとしないことと、ここに来た意味の方に興味がある様だった。
「お兄さんのご主人が、悪い奴らに捕らえれていて危ないんだ。悪魔の能力を少し分けて貰えば、きっと脱出できると思うんだ」
 僕はそう言って、ふと気が付いた。
(お嬢の悪魔能力は、危険予知だった……)

 僕にはお嬢の能力が分かる。だけど、この能力では、恐らく公主は脱出できない。先程の吸収で、公主が危険予知を使えるようになっていたとしても、危険予知では何も破壊できないんだ。もっと、破壊力のある能力を奪い取らないと駄目だ……。

「へ~、そうなんだ。ところで、お兄さんのご主人様が捕られてるのって、西の方?」
 お嬢が尋ねた。
「さぁ、それも良く分かっていないんだ」
「でも、きっと大丈夫だよ。お兄さんのご主人様、絶対助かるから」
 お嬢は、そう言って僕を慰めてくれた。

 突然、その時、表通りの方で爆発音が聞こえた。一つ、二つ、次々と……。ここから大久保方向にある高層ビル、その中層部分が爆発した。最初赤く、だんだん黒く変わる煙が入道雲の様に立ち登ってくる。
「始まった……。お兄さん、危ないから駅の方に移動しよう」
 岩男君は先に立って、僕にここから離れる様に(うなが)した。だが、僕には、その前にやるべきことがある。
「さっきも言った様に、僕は能力が必要なんだ。駅に行くより前に、岩男君の能力を少しだけ分けてくれないかな?」
「そうしたいんだけど、僕はお兄さんを守るって約束した。今、生気を取られると他の大悪魔に会った時、お兄さんを逃がすことが出来なくなると思う。だから、駅まで行ってから力を分けてあげるよ」
「私も行く。でも、歩けないから、おぶっていって。私がいれば、別の悪魔が来るのが分かるから……」
 僕はお嬢を背負い、岩男君の手を引いて駅の方と戻っていった。傍からみると、ちょっとしたイクメンだ。でも、実は、守られているのは僕の方なのだが……。

 少女を背負って駅に行こうと、僕が数メートル歩んだ時だった。突然、僕の背中にいたお嬢が、僕の首筋に噛みついてきた。
「お兄さん、油断したね……」
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