彼女は誰よりも その1

文字数 1,551文字

「フフ、驚いた?」
 お嬢は甘噛みした後、僕の背中で、悪戯っぽく笑っていた。
「そうでもないかな……。君はそんなこと、絶対しないって信じていたもの」
「わ~! 負け惜しみ~。でも私、お兄さんのご主人の法具に負けちゃったでしょう? 本当は、一寸悔しかったんだ。小悪魔に負けちゃったのが……」
 僕は本当に驚いていなかった。もし、お嬢が僕を襲おうと思うのなら、その前にやったいた筈だし、態々自分の額に、珠を(あて)がう様な闘い方はしてなかっただろうと思ったからだ。
 それに、そんな理屈からではなく、僕はこの()がそんなことをしないと云う確信があった。少女は彼女の分身なのだ。その少女がそんな真似をする訳がない。
 だが、この()の気持ちを考えれば、少しは驚いてあげると云うのが、大人の対応と言うものだったろう。お嬢はきっと、小悪魔の術に負けたと思い込み、大悪魔としてのプライドが相当傷付いたに違いないのだ。ならば、せめて、これ位は教えておいてあげるべきだ。
「小悪魔じゃないよ、お兄さんのご主人は」
 見えはしなかったが、お嬢の大きな目は、さらに丸く大きくなって驚きを表しているに違いない。岩男君ですら、立ち止まり、口を少し開いて僕の顔を見つめていたのだから……。
「小悪魔じゃないよ、耀公主は。ずっと昔、この世界に来た大悪魔だよ」
 大悪魔の二人は一瞬沈黙していたが、お嬢が先ず、僕の背で、何か安心したかの様に話し出した。
「な~んだ、小悪魔に負けたのかと思ってたわ、私」
「ふーん、大悪魔なんだ。で、その人、めちゃくちゃ強いの?」
 岩男君も、この話題には興味がある様だ。
「そりゃぁそうよ。私より強いんだから」
 勝ち誇った様に、お嬢は岩男君に自慢した。
 そんな楽しそうな二人を見ていると、僕はこれを話して本当に良かったと思う。そして、思わず笑みが零れてしまう。
「どうだろう? 強い様な、弱い様な……。お兄さんには、良く分かんないなぁ」
「え~」
(二人でハモるな!)
「でも、耀公主は多分、どんな大悪魔より優しい。お兄さんが思うに、誰よりも優しいんじゃないかと思うよ」
「優しいって、柔らかいってこと? それじゃ、弱いじゃないか!」
 岩男君には、この回答は不満の様だった。
「お兄さんは、優しいと弱いは、全く違うものだと思うけどね」
 お嬢も、僕の答えには、納得出来ていなかった様だった。

 その時、僕の背中を伝わり、お嬢の体が緊張するのが分かった。
「お兄さん、後ろに逃げて」
 僕は何が起こったかを理解できた訳ではない。でも、お嬢の言葉から、絶対、従わなければならないと云うことだけは分かる。
 僕は背を向けて、逆方向へと逃げ出した。だが、前から来た、サングラスにリーゼント、革ジャンを身に付けた男の動きは、僕が逃げ出すスピードより、遥かに速かったのだ。
 彼は、高速で僕を追い抜くと、進行方向に回り込んでから、くるりと振り返った。
「〇〇▽X ▼……」
 リーゼントの訳の分からない言葉に、お嬢が僕の背から、クレームを入れる。
「日本語で話して頂戴」
「何の真似だ? まあいい。俺はこう見えても日本語は得意なんだ。お前たち、花火の音が聞こえたろう? もう祭りは始まっているんだぜ。早くしないと食いっぱぐれるぞ。
 そいつは何だ? 餌か? 二人で一匹とは(わび)しいねぇ。何ならあと三匹くらい、お前らの為に捕まえてきてやろうか?」
「この人は餌じゃない。この人は無事に駅まで送り届ける。約束なんだ」
 岩男君は僕の手を放すと、前に進み出てリーゼントの男に彼の義務を説明した。しかし、リーゼントの男には、それが滑稽なものにしか思われないらしく、冷ややかな笑いを浮かべただけだった。
「ほう、面白いこと言うじゃん。じゃ、俺がこの男を食うと言ったら……?」
「命に替えても僕が守る!」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み