月宮盈は人間か? その3

文字数 1,568文字

 僕の話を聞いて暫くしてから、マスターは、ポツリポツリと、僕に彼女の話を始めた。
「月宮盈は、私の妹なんだよ……」
 だが、マスターは、下を向いたまま、作業の手を止めることはなかった。

「私は若い頃から、こんな、ちゃらんぽらんな性格で、随分自堕落な生活を送っていたのだけどね、実は、月宮家は親父もエリート、お袋もエリートで、結構私たちにも厳しかったんだ。
 でも、いつしか、私が当てにならないと気が付いた親父たちは、盈の方に期待を懸ける様になっていった。私と違って盈は真面目だったからね……。盈も期待に応えるようにと、必死に頑張ったんだよ」
 マスターは思い出すかの様に、一区切りずつ話を続けていった。
「盈は一流の大学に入り、一流の企業に就職し、そして、仕事も人一倍に熟していった。
 そんな盈が、飛び降り自殺をしたのは、就職してから一年も経っていない時だった。
 理由は分からない。働きすぎだって人もいた。勤務先がブラックだったと言う人もいた。盈自身の神経衰弱が原因だって言う人もいた。そんなこと、今はもうどうでもいい。でも追い詰められていた盈を、親父たちも、私も、誰も助けてやれなかった。それが……。 
 幸い、奇跡的に……、当時はそう思われたのだが、怪我も殆ど無く、短い入院で退院することが出来た。だけど、退院した盈は以前の盈ではなくなっていた。
 盈は突然、『自分は大悪魔で、盈に憑依(とり)ついたのだ。盈は可哀想だが死んでいる』と言って、私たち家族を困惑させたんだ。
 勿論、最初は悪い冗談だと思ったよ。そして、それが本気で言っていることが分ると、私たちは……。
 そう。強い精神的なショックで、疑似的な別人格が発生した例があると、何かの本で読んだことがあってね。それではないかと思ったのだ。何故なら、自ら大悪魔と言ってはいるけど、小さいの頃の盈の記憶が、彼女にはしっかりと残っていたからね」

 僕は彼女と飛行した思い出と、彼女の背中に生えた悪魔の羽を思い出した。
「でも、公主には明らかに人間とは違う力があるじゃないですか?」
 僕はそうマスターに反論した。マスターは僕が口を挟んだそのタイミングで、僕にコーラを差し出した。
「すまないね、まだ冷えていないだろうけど我慢してね。
 ああ、そうだね……。人間とは思えないよね。盈が次々と不思議なことを起こすので、私も、お袋も、そして親父ですら、何時しか大悪魔を信じる様になっていったよ。
 退院から半年後、盈は『これ以上、迷惑をかけられない』と言って、今のワンルームマンションに引っ越したんだ。そして、会社も今のところに変わった……」
 マスターは少し手を止めて、何かを思い出す様に上を向いた。
「盈に、この店に来る様に勧めたのは、実は私なんだよ。そして、キス魔の振りも私が教えた。さっきマサシ君と会った時の様に、丁度、商店街で盈を見かけ、その時、ここに来るように誘ってね。ま、キス魔はやめちゃった様だけどね。誰かのせいで……」

 マスターは、ここで話のトーンを変えた。
「私はマサシ君に感謝してるよ。今まで大騒ぎして、何時も(はしゃ)いでいる振りはしていたけど、どこか盈は寂しそうに見えた。今、あいつは本当に楽しそうで、兄としてはとても嬉しいと思っているんだ」
 マスターは、一呼吸いれてから、またゆっくりと話を続けた。
「マサシ君は、盈を人間でないと言ったけど、私はやっぱり盈は人間で、私の妹の盈だと思う。だって、悪魔が人間に憑依(とり)つくこともあれば、人間が魔力を持つ……ってことだって、あるだろうからね」
 確かに、悪魔が人間に憑依(とり)つくことを信じられるものなら、悪魔の力を人間が手に入れたって話だって、決して信じられないことだとは言いきれない。

「ところでマサシ君は、どうして、盈が君を使い魔に選んだかって話を、盈に聞いたことはあるかい?」
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