不可解な戦術 その3

文字数 1,366文字

「しかし、こいつらの攻撃は単調だな」
 階段を平然と駆け上がりながら、彼女は質問か独り言か、再び話始める。
「そりゃぁ、虫ですからね」
 息を切らしながら僕は答えた。
「そうなのだ。将にそうなのだ。こいつらの攻撃は虫の動きそのものなのだ。人間的な作戦や、戦術、そんなものは一切ない。本能的に攻撃しているだけなのだ。虫はフェロモンなどの物質をトリガーに攻撃、捕食など行動を決定していると聞いたことがある。恐らく、あの針金は、虫の内部の腺や神経を刺激し、フェロモンを分泌させて、我々を目標として攻撃させているのだろう。だとすると、結局、虫は虫の行動しかしない。そうであれば、人間が仕掛ける様な罠がない分、多少は楽なのだが……」

 山頂へ続く石段を駆け上る僕の顔に、次々とカブトムシやノコギリクワガタなどの甲虫が衝突してくる。
「こんなに、カブトムシやクワガタムシに(たか)られるなんて、思いも依りませんでしたよ。都会なら結構な金額ですね。攻撃さえされなきゃ、そのまま身体に付けて持って帰るんですけどね……。何とか説得できないもんですかね、『君たちは悪い奴に操られているんだ。正気を取り戻し、攻撃をやめて僕に付いているんだ!』なんてね」
「ハハハ、残念だな。虫に人間語は分からないだろう。第一、昆虫の聴覚器官では、人間の発する音は人間に聞こえているものと異なる。仮に人間の音声を理解できたとしても、どうやって『正気に戻った』とか『一緒にいく』と彼らは返事をするのだ?
 昆虫の発声器官では、人間の言葉が出せないだろう? 会話など無理だ。考えろ、愚か者」
 彼女はそう言って、少し緊張が解れたのか、口元に笑みを浮かべた。
「はいはい、そんなことは、分かってますよ。冗談で言ったのに決まってるじゃないですか。しかし、公主は同じ悪魔である奴の能力について、何も知らないんですか?」
 僕は何とか息を切らせながら言葉を返す。
「私たちとは別のグループだからな……。奴には会ったこともない」
「グループなんてあるのですか?」
「元々、大悪魔は裂け目から来る異時空人の総称だ。時空の数だけ大悪魔の故郷がある。まぁ簡単に言うと、宇宙人みたいな位置付けだな。地球人が全ての宇宙人を知っていない様に、私も全ての悪魔を知っていると云う訳には行かないのだ」
 そう言えば、大悪魔と云う言葉は随分と耳にしているが、僕は大悪魔について、何も知らないことに気が付いた。
「公主、一言で言うと、抑々(そもそも)大悪魔って何なのですか?」
「時空を渡り歩く盗賊団だな。そんな特殊空間を移動する様な奴らだ、多かれ少なかれ特殊な魔力を持っている。そして、自分たちに大を付け、土着の物の怪よりも自分たちの方が格上だと、勝手に自負しているような奴らだ」
「みんな、公主みたいな人間なんですか?」
「さぁ、どうだろう……。テレビでは、宇宙人は人間と違うイメージが多いがな。異時空人の多くも、ここの人間とは違うかも知れん。ほら、山門が見えてきたぞ」

 彼女は一機に最後の階段を駆け上がって山門を潜り抜け、僕もそれに続いた。
 そこには広場があり、学校の朝礼よろしく、修行僧たちが棒を構えて整列していた。そして、その中央には、一人袈裟を身に着けた老僧が彼女を鋭い目で見ている。
 彼女は、中央の老僧に、こう声を掛けた。
「操舵主、久しぶりだな……」
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