伝説の太子、ウィシュヌ その2

文字数 1,222文字

「僕は弟子ではないですよ。あくまで耀公主の使い魔です」
(別に洒落を言った心算はない……)

 老僧はそれを、あっさりと無視して、僕にフレスコ画の因縁話を始めた。
「これらは我が宗派に伝わる、宗祖ウィシュヌ太子の因縁話を絵物語にしたものですじゃ。二千年の昔か、三千年の昔か、それとも、もっともっと昔の話か、今の中国西域から中東の間に、当時交易で繁栄した一つの王国がありましてな、それまで、この王国では大きな問題など何もなかったのじゃが、突然困ったことに悩まされることになったのですじゃ。それが十三人の大悪魔、耀公主たちの襲来じゃった」
(そう言えば……、
 彼女も、そんなこと、言っていたなぁ)

「大悪魔は別世界から来た魔物たちで、恐ろしい魔力を使い、次々と人間を殺し、満足すると、どこかへ去って行くと云われておりましたのじゃ。
 その国に大悪魔が現れたことは、それまで一度もなかったのですじゃが、そいつらに狙われた他国は、もう、為す術も無かったと云うことだったのですじゃ。
 大悪魔の襲来の噂が聞こえてくると、人々は皆、生きた心地も無く恐れ(おのの)いたとのことですのじゃ。
 その国の王子だったのが、ウィシュヌ太子様と言いましてな、太子様は呪術の使い手でもあったのですじゃ。
 大悪魔と云う奴らは、その国の民の何人かを殺し、ある程度の略奪をすれば、満足して去っていくものだったのですじゃ。ですから国としては、何人かの国民を見殺しにして、悪魔が略奪するのを見て見ぬふりをしておけば良かったのですじゃ。
 ですが、心優しい太子様は、国民が大悪魔に襲われる事を好まず、自ら作った法具で大悪魔に立ち向かってくださったのですじゃ。そして遂に、太子様は大悪魔の一人と戦うことになったのですじゃ。そして長い闘いの末、ウィシュヌ太子様は、その女大悪魔を屈服させ、自らの家来となることを認めさせたのですじゃ」
「まさか?」
「そう。その女大悪魔と云うのが、今、転生して耀公主と言われているお方なのですじゃ。耀公主は、太子様から(えん)と云う法具を預かり、他の大悪魔と戦ったのですじゃ。法具は強力な物で、他の大悪魔の魔力を次々と吸い取り、耀公主の力にすることが出来たのですじゃ」
「それで、公主は他の大悪魔の能力を……」
「そうですじゃ。そして、太子様との約束通り、十二体の大悪魔を全て滅ぼした時、耀公主は、仏体として人々、そして仏法を守るものとして光臨派のご神体に自らを封じられたのじゃ。太子様の方は、ご神体を守るものとして新たな宗派を立ち上げたのですじゃ。それが光臨派の始まりですのじゃ。
 光臨派とは、拝火教や仏教に取り込まれ、表向き、念仏をあげてはおるのじゃが、その実体は、太子様を讃え、大悪魔と戦う、耀公主を守護する、耀公主の眷属(けんぞく)なのですじゃ」

「しかし、良くもまぁ、そんな法螺話が、現代まで伝わったものだなぁ」
 八角縁堂の北側の出入口で、作務衣(さむえ)に着替え終えた彼女が、手を叩いて操舵主を嘲笑(あざわら)っていた。
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