バアルゼブルとの決着 その1

文字数 1,203文字

 朝食にしては、相当ハイカロリーな食事を終えた僕たちは、虫の襲撃からも解放され、今は少々、余裕を持って一息ついていた。
「公主、ちょっと寒くなりましたね」
 この部屋はクーラーが利き過ぎで、じっとしているには少々寒過ぎる。先程から僕はずっとそう思っていた。
「ああ、さっきから右手で銀の皿を持っているだろう。これを冷却板にして、冷房を利かせているのだ。虫の動きを抑えるには、寒くするのが一番だろうからな」
 僕はこの寒さの理由を理解した。

「そろそろ、私たちも反撃に出たいものだな」
「でも、どうします? 長老さん分かりますかね? バアル……の居場所。どうもこの名前は覚えにくいなぁ」
「バアルゼブル。ベルゼブブでもいいだろう。蠅の王だ。蠅だけに、今頃は汚物に(たか)っているのかも知れんな……。さて、冗談はさておき、少し待って操舵主が何も言って来ない様なら、諦めて新宿に行き、手当たり次第に奴の居場所を探そうか?」
 折角の彼女の話だが、僕はどうも集中できなかった。さっきから背中がムズムズしていたのだ。だが、しかし、ちょっと今は、それを口に出せる雰囲気ではない。
「歌舞伎町辺りのゴキブリを全て集め、ゴキブリ地獄でも作って、僕たちを待ち伏せでもする心算でしょうかね?」
「冷静に考えろ。ゴキブリは脅威の様に思われているが、生態系の最下層だ。そんなものより、セアカゴケグモやヒアリの群れの方が遥かに恐ろしいぞ。そう云う意味では、蚊の大量襲撃も脅威だ。マラリアやデング熱を保菌している奴がいるのでは……と云う不安を(あお)ると云う意味もある」
「成程……」
「だが、いずれにしても、都心で待ち受ける必要は無いな。代々木公園や新宿御苑、皇居、虫の住める環境は確かにある。とは言っても、この山寺の方が間違いなく虫の数は多い。また、都会と違って、田舎の方が毒虫に対し遥かに寛容だ……。バアルゼブルめ、何を企んでいるのか、全く見当が付かない」
 確かに都会で毒虫でも発生しようものなら、大々的な駆除作戦と云うことになって、直ぐに駆逐されてしまう。害虫を使って戦うなら、その存在の多い田舎の方が絶対有利だ。
「外の様子を探ってくれないか?」
 彼女に頼まれて、僕は扉を少し開け外の様子を確認してみた。すると、外は地面も空も真っ黒で虫だらけだ。僕がそれを簡単に説明すると、彼女も呆れた様子でこう呟いた。
「ほぼ無限か……」
 そして、話を続ける。
「あいつらのことだ、虫を殺すのも平気だろうし、殺虫剤くらいは持っているだろう。光臨派の坊主どもは、さぞかし殺生を楽しんでいることだろうな」
「ま、サーロインステーキを直ぐに用意できるような、教団ですからね……」
「いずれにしても、操舵主は当分ここに来れそうもない。取り敢えず、この八角縁堂は窓が無いので、虫の一斉攻撃は防いでいるが、今ここには食料も無い。籠城には不向きだ。食事もしたし、そろそろ、ここを発つ頃合いだろうな」
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