消えた耀公主 その2

文字数 1,707文字

(どれほど僕は車で運ばれたのだろう?)
 僕が光臨派本山で車に乗ってから、随分と長い時間が経った様な気がする。

 目を覚ましてから程なくして、僕は目隠しを外され車から降ろされた。僕はこの場所に見覚えがある。どうやらここは、藤沢市役所の直ぐ北にある郵便局前の交差点の様だった。
 辺りは未だ明るく、ここから歩いてもJR藤沢駅までは大した距離も無い。そう云う意味では、老僧は間違いなく、僕を藤沢駅まで送ってくれてはいる。
 その操舵主の乗る光臨派の車は、他に用事でもあるのか、僕を残し早々に駅とは別の方向、藤沢橋の方へと走り去って行ってしまった。

 僕は車の中で見た夢が、凄く不吉だったこともあり、何か、直ぐに自分の家に帰ろうとは思えなかった。
 僕は、取り敢えず彼女に電話を掛けてみた。しかし、彼女の携帯は圏外で繋がりはしない。そこで、繋がったら直ぐに返事が貰える様に、ショートメールも出しておいた。
 それでも、僕の胸騒ぎは治まりはしなかった。そこで僕は、まだ日暮れまで時間がありそうなので、一応、彼女のマンションへも行ってみることにしたのだ。

 彼女のマンションに着くと、僕は直ぐにエントランスで彼女の部屋番号をテンキー入力する。だが、部屋からの返事がない。
 一旦、マンションの外に出て、南側の海岸道路から彼女の部屋を眺めてみる。そこには開け放した窓と、窓から外に靡いているレースのカーテンが見える。朝、二人が飛び出した時のままだ。僕の不安は、江ノ島に沈む夕日の様に、どんどんと暗くなり、どんどんと大きく膨らんでいった。

 僕は、どうして良いのかも分からず、暫く彼女のマンション近くで途方に暮れていたのだが、日も沈んだことで、もしかしたらと思い、本町に戻って「ジェイジェイ」へと顔を出してみることにしたのだ。
「ジェイジェイ」は既に営業を始めていたので、僕は店の扉を勢いよく開き、マスターに彼女のことを尋ねてみた。
「マスター、公主来てませんか?」
「なんだ? またお前たち喧嘩……」
 奥のテーブル席に座っていた電機屋の中村さんが呆れた様な口調で僕に声を掛けた。だが、僕の表情が何時もとは違うと感じたらしく、直ぐに言葉を切った。
「いいや。どうしたんだい?」
 マスターも心配そうに僕に尋ねる。
「公主が……。盈さんがいないんです」
「いないと言っても……、一昨日、ここに来てたろう。マサシ君と一緒に」
「光臨派に拉致されたんじゃないかって」
 僕は、自分が心配していることを口に出した。だが、横隔膜が痙攣し、震えている様な声しか出て来ない。
「マサシ君、先ず落ち着きなよ。盈には僕の方から電話してみるから……。で、一体どうしたと言うんだい?」
 僕は中村さんたちがいる手前、光臨派総本山に行ったことは兎も角、大悪魔と戦っていたと云うことは説明する訳に行かなかった。
 だが、具体的なことはマスターに説明できなかったが、彼も僕の表情から、彼女と光臨派との間に何かがあったと云うことに、少なからず気付き始めている様だった。
 マスターは僕に尋ねる前に、僕と同じ様に彼女に電話とショートメールを入れてくれた。
「マサシ君、思い当たるところは、もう当たったのかい?」
「特に思い当たるところと言っても……、光臨派総本山へ二人で行って、『公主が一人で帰れ』との伝言で、光臨派のお坊さんに送られて帰ったら、盈さんと連絡が付かないのです。恐らく、彼女は……」
「で、てめえは、それで、一人で帰ってきたって訳か?」
 中村さんも心配からか、僕に掴みかからんばかりに食って掛かる。当然だ。僕だって、中村さんの立場なら、この情けない男に殴り掛かっているかも知れない。
「済みません……。先に帰っているとばかり思ってて。まさか、こんなこととは……」
「まぁまぁ。で、片瀬の東浜には、もう言ったのかい?」
 マスターがそう尋ねるが、僕にはこう答えることしか出来ない。
「ええ。でも、まだ帰っていない様で、朝一緒に出たままなんです……」

「ジェイジェイ」の店の中に重苦しい空気か充満する。

 マスターがメールを入れてから、大凡(おおよそ)三十分は経った。だが、矢張り彼女からのレスは、一向に返って来なかった……。
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