彼女は誰よりも その2

文字数 1,593文字

 リーゼントの男は、岩男君に語り掛ける。
「お前、分かってんの? 俺、成人期。お前、幼年期。ただでさえ、お前の方が年齢的に不利な上に、能力の特性でお前、俺との相性悪いんだぜ。俺の炎の拳は、幾らお前が皮膚を固くしたって、身体の内部を焼き尽くせるってこと、分かってんのかよ……」
「それでも守る」
「ほう。なら、思い知らせてやるよ。覚悟しな。いくぜ!」
 リーゼントの男、炎の大悪魔は、両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、チンピラの様に肩をいからせながら、僕たちを背に庇っていた岩男君の方へと、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。一方、岩男君は防御の構えを取り、僕らを闘いに巻き込ませない為か、相手の動きを注視しながら、慎重に僕の前から右へと位置をずらしていった。

 しかし、大悪魔って奴らは、どう云う感覚をしているんだろう? 岩男君と炎の大悪魔は、仲間じゃなかったのか?
 二人とも、味方だろうが敵だろうが、何か、まるでゲームでも楽しむかの様に、お互い闘うことが当たり前と考えているみたいだ。
 そういえば、彼女も結構簡単に仲間を裏切ったとか言っていたな……。

 炎の大悪魔は、僕を全く無視し、岩男君の方に向きを変え、岩男君に近づこうとしている。
(でも、これは、チャンスじゃないか?)
 僕は、敵が背中を見せた瞬間を狙い、後ろから近づいて、大悪魔の額に(えん)(あて)がおうと、お嬢を背にしたまま突進した。しかし、残念なことに、それは簡単に(かわ)され、僕は勢い余って岩男君の所まで行ってしまう。
「何だ、こいつは? こいつは一体何をしようとしたんだ?」
「この人の持っている珠は、僕たち大悪魔の生気を吸収する恐ろしい珠なんだぞ!」
(岩男君の馬鹿!
 手の内がばれちゃったじゃないか……)

 炎の大悪魔は、明らかに僕の(えん)に狙いを定めた様だった。こうなると、大悪魔の額に(えん)(あて)がうのは、人間の僕では、もう不可能だった。
 僕は考えた……。
 こいつからは、もう逃げられない! でも、ほんの少しでも岩男君の能力があれば、彼女なら何とか、危機を脱出が出来る筈だと。
「岩男君、君の力を貸してくれ。そうすれば、僕が死んでも公主は助かる!」
 僕は岩男君を説得しようとして、今度は岩男君の方に向いて彼の額に(えん)(あて)がおうとした。だが、その望みも簡単に潰えた。僕は手を伸ばそうとした瞬間、右手首を蹴られ、(えん)を落としてしまったのだ。
 水晶玉は道路脇の側溝の方へと、コロコロと転がっていく。

 僕が手を蹴られた時、岩男君は敵の背後にまわって、炎の大悪魔にサーベル攻撃を仕掛けていた。しかし、炎の大悪魔はそれも予想していたらしく、難なく肩透かしの様に(かわ)し、岩男君の背中にキック攻撃を掛けたのだ。岩男君は、それで突き飛ばされた形でつんのめり、両手をついて倒れた。
 炎の大悪魔は水晶玉の処に素早く移動し、(えん)を動かない様に足の裏で押さえる。そして、次の瞬間、彼はニヤリと笑みを浮かべ、力を込めて琰を踏みつけた。
 水晶玉は、僕の希望もろとも、それで粉々に砕け散ってしまったのだった……。

「口が滑ったふりをして、俺がこの水晶玉に気を取られた隙を狙って、死角から襲う心算だったんだろう? お前の考えなんて、俺には見え見えなんだよ」
 炎の大悪魔は満足そうに笑いながら、岩男君を見下ろしている。
 僕の特攻作戦は失敗した。そして、逆転の一発を狙った岩男君の戦術も、炎の大悪魔に読まれ、虚しく空振りに終わった。
 (えん)が砕け散ってしまった以上、僕には、もう、どうすることも出来なかった……。

(公主を助けられる筈だった……)

 僕は後悔している。
 もっと早く、岩男君の魔力を吸い取らせて貰っていれば、良かったのだ。
 僕を守る為、能力を吸い取るのは駅まで待てと彼は言っていたけど、僕を守って貰う必要なんか無かったのだ。
 僕が無事に帰ることなんか、最初からどうでも良かったことじゃないか……。
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