彼女は誰よりも その3

文字数 1,095文字

「お兄さん、悪いけど、ちょっと気持ち悪くなっちゃった。降ろしてくれない?」
「あ、ああ。御免ね……」
 炎の大悪魔は、岩男君との闘いの間合いに気を取られ、僕への興味などは、もうとっくに失せてしまっている様だった。
 僕は彼に邪魔されることなく、屈みこみ、少女をゆっくりと歩道へと降ろした。
「お兄さんの、彼女って……、空を……飛べるの?」
 お嬢は足が地面に付いたのに、マサシの背中にしがみついたまま動かず、辛そうな声で尋ねた。さっきより体調が悪化した様だ。
「うん飛べるよ。でも、ここには来れないと思う。御免、公主に君たちを助けて貰うことは、もう出来そうもない」
「お兄さん、心配しなくていいよ……。お兄さんの彼女……だと思うけど、もの凄いスピードで……、こっちに飛んで来ている」
「本当?」
 僕はそれを聞いて、肩の荷がすーっと降りて行く様だった。

(ああ、良かった……)

 彼女は自力で脱出できた様だった。
 結局、僕は何の役にも立たなかったが、彼女を脱出させると云う目的は果たされた。これで何も問題ない。全て上手く行ったのだ。

「さっき……、お兄さん、『弱いような』って、言ってたよね……?」
「うん」
「冗談じゃないよ……。あれが、お兄さんのご主人……なら、今日の昼くらいは……、それほどの脅威……じゃなかったけど、段々と強くなって……、もう怪獣のレベルだよ。これじゃ……、あたしの体の方が持たない」
(怪獣って、そんなことないでしょ!
 ま、まさか? 新たな別の脅威?)
 僕は自分の想像に身震いをしてしまった。

「近いの?」
「ほら……、直ぐ上……。今、降りてくる」
 僕は空を見上げてみた。そこには、火事の炎に赤く照らされた、入道雲の様な巨大な煙が巻き上がっていて、手前に、黒い西洋凧が暗黒星雲か黒点の様に浮かび上がっている。
 その直後、凧から発射されたのだろう。対峙している岩男君と炎の大悪魔を目掛け、氷柱状の黒いものが何本も降ってきた。
 一本は岩男君に当たって跳ね返り、炎の大悪魔を狙っていた三本は、アスファルトに突き刺さる。炎の大悪魔は前後左右に跳んで、それを全て避けたのだ。
 黒い洋凧の方は、地面へとどんどんと降下し、数十メートル上空で黒い十字架に変形した。それは、人間の姿に細長い羽根でクロスを描いたものだ。
 そして、黒い羽根を生やした作務衣(さむえ)の女性は、地響きを立てて地上、それも僕の直ぐ目の前に着地する。

「お・ま・た・せ」
「公主……」

(良かった……、本当に……)

「なんて降り方するんですか? もっと軽くなってから、降りてくださいよ~」
 思わず泣き出しそうになった僕は、こう文句を言って誤魔化したのだった。
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