全て、受け入れよ その1

文字数 1,457文字

 既に終電の時刻は過ぎている。
 僕たちは、西新宿から思い出横丁を横目に見ながら、取り敢えず、新宿駅の方へと歩くことにした。
 激流の様な人の波をかき分け、駅方向へと進もうとすると、後ろから逃げて行く人、逆に駅方向から現場の状況を確かめに行く人、色々な人が石礫(いしつぶて)の様に僕たち二人の脇を掠め、時折ぶつかりながら、ボロボロの僕たちを浮き草であるかの様に翻弄(ほんろう)していく。
 後ろでは、消防車のサイレンや爆発音、人々の噂話、悲鳴とも歓声ともつかない大声、色々な空気振動が、僕と彼女、二人の周りを包み込んでいた。

「大悪魔って、意外と良い人たちでしたね」
 その台詞を待っていたかの様に、店の中のテレビのニュースが僕の耳に届いてきた。
「……の連続爆発の続報です。……は、過激派によるテロと事故の両面で……。死傷者は少なくとも数十人に……」
 そうだ。よく考えると、大悪魔の襲来で何人もの罪の無い人が、爆発に巻き込まれたり、食べられたりして死んでいるのだ。僕は彼らのことを見逃したけど、本当に、それで良かったのだろうか……。

 彼女は、僕の気持ちを読み取ったのか、僕の隣を歩き続けながら、落ち着いた声で僕に語り掛けてきた。
「決まってしまった過去は、もう変えることなど出来はしない。それは、マサシの判断もだが、大悪魔の行為もだ。マサシが私を止めなくとも、既に爆発は起きていたし、何人かは命を落としていた。神でもヒーローでもない私たちは、全ての人の命を保証することなど、どうやっても出来はしないのだ」
「でも……」
「あいつらを倒しても、所詮(しょせん)、見知らぬ死人の敵討(かたきう)ちをしたに過ぎない。怨みは怨みを呼ぶ。恐らく、それを()めさせたマサシの方が正しいのだろう」
「……」
「私たちは、良くやったと思わないか? 五人もの大悪魔を、二人で撤退させたのだぞ」
「……」
「現実を受け入れよ」
「……」

 僕はマスターのことを思い出した。マスターは未だ、彼女が拉致されたままだと心配しているに違いない。
「公主、ちょっと待って……。マスターが心配してたから、僕、メール出しておきますね。明日の朝にでも、それを見れば、マスターも安心してくれるでしょう」
『救出完了』
 細かいことは書かず、僕はこの文面だけを送信した。
「そう云えば、明日会社に出られないだろうから、こっちにも連絡しとかなきゃ……。
 えーと、『昨日、彼女の為に夜遅くまで頑張ったので腰が立ちません。すみませんが、お休みさせて頂きます』ってね!」
「誤解される様なメールを送るな!」
「公主も明日は仕事休むでしょ。じゃぁ、誤解じゃない様に、事実にしますか?」
「馬鹿! 何回もキスして、立っているのだって、もうやっとのくせして……」
 丁度その時、僕のスマホがバイブレーションを起こす。電話に出ると、それはマスターからのものだった。
「ええ……。大丈夫です……。替わります」
 僕は彼女にスマホを渡した。
「うん……。うん……。平気。……。行く。じゃぁ……」
 少し話してから、彼女は電話を切って、僕にスマホを返した。
「今晩は『ジェイジェイ』を、夜通し開けて待っているから、必ず帰って来いって、中村さんたちも徹夜で待ってるって。
 マサシ、児童公園が近くにあれば、そこのベンチをカタパルトにして空を飛んで行こう!」
「いえ、空は危ないです。墜落しますよ。流石に魔力を随分使っているし……。タクシーで行きましょうよ。でも……、その前に、僕、少し話があるんですけど……。もうちょっと、歩きませんか?」
 僕たちは、新宿を抜けて、都庁の方へと歩きだした。
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