月宮盈は人間か? その2

文字数 1,516文字

「ほんと、大したことじゃないんですよ」
 僕はマスターに、そう断りを入れてから、話しを始めた……。 

 その日、僕は彼女と二人で食事をし、そして、それから一緒に辻堂にまで出て、映画を見に行ったのだ。
 この帰り、映画館から辻堂駅までのテラスを並んで歩いている時、僕が彼女に何気なく口にした一言が事の起こりだった。
「公主って、あんまり悪魔っぽくないですよね。それに結構、常識的だし、昔からずっと日本人をやっているみたいに……」

 実のところ、僕はそんなこと、本当はどうでも良かったのだ。只、何となく話すことが無くなったので、僕は前々から思っていたことを口にしただけだった。
 だが、僕の一言は、酷く彼女の気に障った様で、それまで子供の様に(はしゃ)いでいた筈なのに、突然不機嫌そうな表情に変わり、僕に掴みかからんばかりに食って掛かってきたのだ。
「私も結構年だ。魔法少女よろしく、JKみたいなドタバタ喜劇をすることなど出来る訳がなかろう!」
 別に魔法少女っぽくしろとか、そう言うことが言いたかったんじゃない。最初、彼女が大悪魔だなんて言うから、結構とんでもない行動を取る人じゃないかって、僕は不安になっていたのだ。
 だけど、付き合ってみると、良い意味で彼女は普通の人だった。僕は彼女と知り合ったことを本当に幸運だったと思っていたし、このまま、ずっと一緒にいても良いと思っていたのだ。
「いや、そう云う意味じゃなくて…。別世界から来たにしては、電車の乗り方とか、蕎麦の食べ方とか、色々な知識も持っているし、不思議だなって……」
 彼女は僕がそう言い訳をしても、彼女はまだ何か言いたそうだった。でも、一応それで、その時は一旦納まったのだ。

 それから、暫く僕たちは何も話さなかった。
 彼女も、もう(はしゃ)いでなどおらず、僕たちは、只、別々に同じ方向の帰路を電車で移動しているに過ぎなかった。
 JR藤沢駅に着き、僕はこのまま別れるのが何となく気まずくて、隣駅での出来事など僕は全く気にしていないと云う態を装って、いつも通り、いや、いつも以上に軽薄な感じで彼女に話し掛けたのだ。
「そういえば公主って、戸籍とかどうしたんですか? 魔法か何か使ったのかなー。月宮盈って名前も考えたんですかー? いい名前ですよねー」
 僕は別に詮索する心算もなかったし、それを聞きたかった訳でもない。只、何でも良いから話題を作りたいだけだった。
 だから、僕は、彼女が呆れて、こんな風に応えてくれることを期待していたのだ。
「その様なこと、教える筈があるまい。馬鹿な詮索などせず、もう少しましな事を考えたらどうなのだ?」
 そこで、僕は頭を掻きながら、「お詫びにスコッチのシングルでも奢りますよ」って言う。それで、何事もなく、僕は彼女と仲直り出来る……と、そう思っていたのだ。でも、彼女はそう応えてはくれなかった。
 彼女は僕の隣から正面に回って、腰に手をあてて、僕を指差した。いや、そこまでしなかったかな?
「使い魔の分際で、何を人の過去を詮索しておる? 無礼とは思わないのか? はっきり言って、お前の様な奴の顔など、もう見たくもない。契約は解いてやるから、二度と私の前に現れるな」
 そうまで彼女に言われると、流石に僕だってカチンと来る。
「分かりました。では耀公主様、お元気で」
 僕はそんな捨て台詞を言って、一人でさっさと帰ってしまったのだ。
 その後、彼女からメールか何か来るかと思ったのだが、全然来ることはなかった。だが、こっちから連絡するのは、僕としても正直ちょっと癪だったのだ。
 こうして、何日かが経ってしまった……と言う訳だ。

 彼の話は終わったが、マスターは作業の手を休ませず、暫くの間黙っていた。
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