悪魔の少女 その4

文字数 2,059文字

 僕が気付くと、女奴隷は何時の間にか、自らの胸を剣で刺し貫いていた。そして、彼女は僕の方を、縋る様な目付きで見つめている。

『何か別の、もっと簡単で、悲しみ、苦しみ、痛みの無い……、この家族が救われる手立て、その方法は幾つも存在していた筈だったのだ。だが、しかし……、彼女はそれを待ってはくれなかった……。彼女は兵士が落としていった剣で、自分の身体を貫いたのだ』
 僕は、彼女の顔に自分の顔を近づけて、その唇に口を当てた。
「私が生気を吸っていれば、死ぬまでの間の痛みは消える。それでも、私は傷を治せない。すまぬな、私がこの国に来たばかりに……」

『ああ、そうだ。これが私が始めて相手を殺さずに、生気を吸う手立てを手に入れた瞬間だ。そして偶然ではあるが、この後、私は死に、この女の体に憑依する。こうして、女奴隷の記憶、法具を作る技術、人間としての心の弱さを、私は共有する形で、全て受け継いでしまうのだ』
『記憶を共有……?』
『そうだ。憑依すると、脳に残っていた神経結合パタンをそのまま引き継いでしまうのだ。記憶は性格をも形作る。その記憶を活用し過ぎると、仮想的な人格を生み出すことがある。私は幾度となく憑依を繰り返し、数多くの記憶を共有してきた。そうして生まれた人格は、時として私自身の悪魔の人格にも影響を与え、多重人格として蝕んで行ったのだ……』

「わっ!」
 突然、僕は少年に体当たりされ、意識を取り戻した。少年は、黒いサーベルで何度も僕に斬りつけてくる。すごい衝撃だ。僕は結局、大きく弾き飛ばされ、子供の公主と琰の接続は切り離されたのだ。
「ンジャ◇イシュタ■▼×」
 少年は、何か喋り出す。その意味が分からない僕は、心の中で彼女に尋ねた 
『この子は何て言ったの?』 
『私の名前を叫んだのだ。日本語では発音し難いな。イシュタルと言った様な感じだ』
 少女は、僕の心の声を感じたのか、新たに現れた男の子に注文を付けた。
「日本語で話して頂戴。それじゃ、お兄さんに分からないから」
 しかし、助けられた筈の少女は、逆に何故か不機嫌そうな表情だ。
「大丈夫か?」と、少年は日本語で少女の無事を確かめた。
「もう! 『大丈夫か?』じゃないわよ。私、お兄さんとゲームしていたのに、ゲームが台無しじゃない」
「ゲーム?!」
 僕と少年は、思わず同じ台詞を口にした。
「そうよ、ゲーム。その珠で私の生気を全部吸い取ったらお兄さんの勝ち。吸い取れなかったら私の勝ち。私が勝ったら……、そうね、お兄さんを食べちゃおう! お兄さんが勝ったら、お兄さんは無事にこの町から出られる……。と云うことだから、邪魔しないでね。それでいいかしら、お兄さん」
「君の能力を全部吸い取ったら、君が死んじゃうって言っているだろう。駄目だよ」
「本当に私に勝てると思っているの? 失礼ね! 分かったわ、ボ◇◆〇、万が一、私が死んだとしても、絶対にお兄さんのことは守ってね。他の大悪魔にも、絶対手出しさせちゃ駄目よ。約束して!」
「あ、ああ、分かった。お兄さん、こいつは言い出したら、もう、聞かないんだ」
(それは、何となく分かる気がする……) 

「でもね……」
 僕は少女を説得しようしたのだが、その前に、再び少女は僕の手を自分の方に引き寄せ、珠を額に(あて)がっていた。

 また僕は、夢を見始めた様だった。
「よし、今日から其方(そなた)はこの王の娘、輝くばかりの美しさ故、耀姫と名乗るがよい」
 助平そうな親父が、僕の前で偉そうに話している。
『この時の宿主は、とても美しい娘だった。踊り子だった私は、この助平王に見いだされ、耀妃となるところだった。しかし、嫉妬深い王妃のおかげで、それは免れ、公主、つまり王女として王宮に置かれたのだ。王としては、王妃を亡きものにした後、妾にでもする心算だったのだろうがな』
(これが耀姫、耀公主の由来……)

『だが、良いか悪いか、それを察した王妃に因って、私は旅商人に奴隷として売り渡されてしまったのだ。勿論、王宮よりはましだったので、何も抵抗しなかったがな……』

 場面は何時の間にか、旅商人のキャラバンと旅しているものに変わっていた。
 僕の手には木の手枷が嵌って、旅商人の馬車に縄で(くく)り付けられている。僕はそのまま、引き摺ずられる様に、彼らと砂漠を越えて行くのだった。
 そうこうするうちに、旅商人のキャラバンは後ろから追いかけてきた数十名ほどの馬賊の群に襲われた。
「耀公主。お命頂戴する」
 馬賊の一人が僕に向かって叫ぶ。
(公主を狙って、襲ってきたのか……)
『あいつら本当に馬鹿だな。何もしなければ、痛い目にも合わなかっただろうに……』
 僕は手枷を燃やすと、一瞬のうちに馬賊全員を格闘術だけで悶絶させてしまった。
 そして、旅商人の(かしら)に向かってにっこりと笑い、雲一つない大空へと翼を広げて飛立って行ったのだ……。

(危ない!)
 もう少しで女の子の能力を、全て吸い取るところだった。僕は身体ごと後ろに退くように、珠を女の子の額から外した。
「何故外す!」
 僕の頭の中と外で同じ台詞が響き渡った。
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