そして僕は彼女と会った その2

文字数 1,409文字

 あれから何時間経ったのだろう?
 僕は、やっと意識を取り戻した。 
 まだ、はっきりしない視界の中、僕は反射的に体を起こそうとしたのだが、単にそれは、そこにあったテーブルの角に、自分の頭を強くぶつけただけの結果に終わった。
 それでテーブルは揺れ、グラスの中の氷も風鈴の様な涼しい音を鳴らしている。

(えい)、彼、目を醒ましたみたいだよ」
 ソファの陰から男の声が聞こえてきた。
「ごめんねー。光臨派の坊主に気を取られて、ちょっと吸い過ぎちゃったみたいね。ところで、あなたも光臨派の仲間? ちょっと連中とは、髪型が違うみたいだけど……」
 そう言いながら、一人の女性が近づいてきてテーブルの向いに腰かけた。俺が殺そうとしていた耀公主と云う妖怪だ。

 少しだけ意識がハッキリしてきた僕は、今度はテーブルに頭をぶつけない様に体を起こし、改めてソファにきちんと腰掛け直した。
 体を起すのに苦労がなかった。別に僕は拘束されていなかったらしい。その点、この妖怪には感謝しなければならないだろう。
「僕は……、生きてる?」
「当たり前でしょ。話をしているんだから」
(うわっ、酒臭い!)
 強いアルコールの匂いと、どこかで嗅いだ様な甘い香りが僕の鼻を突いてくる。
「何だろう……、この匂いは?」
「月下美人よ。私、月下美人が咲いた時だけ、夜の外出をすることにしているの……」
 彼女はそう答え、上着の内ポケットからテーブルの上に何かを投げ出した。それは直径十センチはある大きな白い花だった。それが匂いの元であり、彼女の言う月下美人の花に違いない。つまり彼女は、月下美人が咲いた夜にだけ、邪悪な活動をしているのだと、言い訳をしたいらしい。
「ところで、何で私を狙ったりしたの?」
 僕は直ぐには答えず、この場所を尋ねた。
「ここは、どこなんだ?!」
「何、学校の先生みたいなこと言ってるの? 私、未成年者じゃないわよ! お酒くらい飲んだって良いでしょう!」
 少し不貞腐れた様に彼女は管を巻いた。

 彼女は質問を勘違いした様だが、カウンターの向うにいた白シャツに蝶ネクタイの男が、彼女に替わって僕に答えてくれる。
「ここは『ジェイジェイ』と言うバーだよ。そうだねぇ、西富って言えば分かるかな? それがここの住所だよ」
 僕は今、藤沢市の北に隣接している大和市に住んでいるのだけど、地番だけでは、ここがどこかと云うことまでは分からなかった。只、ここは、本町近くにある一件のバーであると云うことだけは理解できた。
 確かに、周りを見回すと、テーブルとカウンターがあり、カウンターの向うの壁には、何本もの洋酒の瓶が並べられて、如何にもバーと云う佇まいだ。

 どうやら僕は、気絶している間に、妖怪のアジトであるこのバーに連れて来られ、ここのソファで眠らされていた様だった。
「さ、正直に答えなさい。あなたは何で私を狙ったりしたのかな?」
 彼女は、僕を尋問しようと云う肚らしかった。柔らかな笑みを浮かべ、子供に諭すように僕に話し掛けてくる。
 僕は、何か悪戯をして、母親に叱られている気分になってきた。
 確かに、全く恐ろしく無いと言えば嘘になる。でも何故か、僕は拷問されると言ったような恐怖は感じなかった。それに、この人が妖怪なら、どう考えても、僕はこの妖怪の掌中にあり、もう助かりそうもない。

 そう言う訳で、僕は観念し、抵抗するのを諦め、彼女に妖怪退治をすることになった経緯を話すことにしたのだ。
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