消えた耀公主 その5

文字数 1,850文字

 僕にとって、一番大事なのは彼女なのだ。なのに何故、こんな時に脅威を調べるなんて、人の心配をしなくてはならないと云うのだ?
「どうして今なんです?!」
『脅威の要因は、大悪魔の襲来である可能性が非常に高い。そして、脅威の増加の質から、もし大悪魔の襲撃であればだが……、恐らくは襲撃は今晩なのだ。もう、時間が殆ど無いのだ』
「え?」
『あの毛虫は、偶然かも知れないが、時空の裂け目からやってきた。つまり、時空が接触し、裂け目は開いたと云うことだ。そして、通常の悪魔数匹分、つまり私に匹敵する位の恐ろしく巨大な脅威が都心方面にあるのだ。時空の扉が開いていて、脅威が存在する以上、悪魔の襲撃を疑わざる得ないだろう。
 毛虫が大悪魔の使い魔かどうか? それは分らん。そして、裂け目は誰が開けたのか? あの毛虫が自分で開けただけかも知れん。そして脅威は大悪魔ではないのかも知れん。
 だが、悪魔の疑いが少しでもあるのならば、私はそれを確かめに行かねばならぬ。そして、もし悪魔の襲撃であれば、私はそれを討たねばならぬのだ。だから、この脅威が悪魔かどうか、それをマサシの目で確かめて来て欲しいのだ!』
「嫌ですよ、絶対嫌です。公主のピンチの時に、何で他人の心配なんてしなきゃならないんです? 公主だって、自分が正義のスーパーヒロインだなんて思っていないでしょう? そんなこと、世間のヒーローにでも任せておけば良いじゃないですか?」
『確かに私は、正義の味方なんて柄じゃない。正直、世界がどうなろうと私の知ったことじゃない。第一、正義の名の下に行われる行為ほど、悪質で残虐なものはないと思っている。でもな、マサシ。これは私に課せられた義務なのだ。あの女に出会い、(えん)を預かった時から、私が背負った宿命なのだ。そして、師匠が私に託した、最後の使命でもあるのだ。
 マサシ、一緒に闘ってくれないか? マサシは脅威の正体が悪魔かどうか、調べて来てくれるだけでいい。そして場合に因っては……、何人かでも、危険な場所から避難させてくれれば嬉しい。無理にとは言わぬが……』
「嫌です。公主は僕を光臨派本山に行かせない為に嘘を吐いているのでしょう?」 
『そんなことはない!』
「……」
『私は、大悪魔を放っておく訳には行かんのだ。人間が、何人も死んでしまうのだ。マサシが行ってくれたら、何人かの人間が助かるかも知れぬのだ。命を賭けるなら、そっちにして欲しいのだ』
「嫌です。僕は公主を助けたい」
『そうだな……。うん、たぶんそうだ! 上手くすれば、調べに行く(つい)でに、マサシが私を助けられるかも知れんぞ』 
「本当ですか?」
 僕は正直、彼女の言うことを疑っていた。彼女は僕に危ない事をさせない為、口から出任せの嘘を言っているのだと。
『ああ、可能性だけだがな……。箪笥の上から二番目の引き出しを開けてくれ。三番目は開けるなよ。そこにあるのは下着だけだ』
 僕は不謹慎だから、今だけは開けるのを止めることにした。
『あー。マサシが欲しければ持って行っても良いぞ。大悪魔との闘いとなれば、私も死なないとは言い切れない。もし、私が死んだら、相続権がないマサシに、私は何も形見を渡せない。そんなもので良ければ、私は構わない』
 どうやら夢枕に立つと、こちらの思考と同期するらしい。でも、僕は今、意地でも三番目は開けないと誓ったのだ。
『あと……、万が一の時は、ベランダにある月下美人の鉢、十鉢全部引き取ってくれないか? 良く日に当てて水を切らさないでいれば、結構何度も咲いてくれる。兄に言えば譲ってくれるだろう。私だと思って育ててくれ。マサシに引き取って貰えるのであれば、私だって嬉しい』
「公主、鉢植えの世話を誰がするかについては、帰ってから相談しましょう。そんなことより何ですか? 引き出しってのは?」
 僕がそう言って、二番目の引き出しを開いた。するとそこには、ハンカチやタオルなどと共に、占いに使う水晶の玉の様な物があった。
「これは?」
『それは(えん)と云う。私が昔、大悪魔の能力を吸い取る為に使った法具だ。大悪魔の思考の中心の場所、人間型で云えば額の辺りだが、そこに(あて)がえば、その大悪魔の魔力は私に流れ込む。運良く大悪魔の能力を吸い取ることが出来れば、その力は私の力となり、新しい能力で脱出が可能になるかも知れぬのだ。遣ってくれないか? 私の為に……』
「でも、僕はまだ……」
『脅威の具体的な発生場所なら、もう分かっているのだ……。それは』
「それは?」
『東京、西新宿、百人町界隈!!』
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