蟲王の挑戦 その4

文字数 1,385文字

 二時間後、僕たち二人は、緑の山々を一望できる、砂利(じゃり)が敷き詰められた山道の途中に降り立っていた。
 砂利道の右方向に広がる谷側には、遠くまで幾重に重なる山々が連なっており、反対の左側には、壁の様な雑木林の斜面に、1メートルくらいの幅の狭い急な石段が、一本だけ長く山頂の方へと続いている。
 彼女が僕を連れてきたこの場所は、普通によくある山地の風景そのものだ。山に詳しい人であれば、どこだか分かるのだろうが、素人の僕には、全て同じ様にしか見えてこない。
「それにしても、ここは何処なんだろう? 随分長い間、飛んでいたから、結構遠くに来ていると思うけど……」
 僕は周囲の景色を確かめ、そう呟いた。

 だが、この雄大な景色を前にしても、彼女は全く感動などしておらず、依然として機嫌を損ねたままだった。
「人の腹の上で嘔吐(もど)すか? それも、お気に入りの帽子を、こともあろうかエチケット袋にしてしまうとは。全く……」
 実はあまりの急激な加速の為、僕は乗り物酔いとなり、気持ち悪くなって、思わずステルス機内で吐いてしまったのだ。
「全く……、服にまで臭いが移ってしまったではないか……。次のマサシのボーナスで、スーツとコートを買って貰うからな!」
(もう。なんで、普段着のワンピースと帽子が、スーツとコートになるんだよ!)
 ま、そんなこと言われなくても、今回の夏のボーナスでは、何も彼女に買ってあげられなかったから、冬のボーナスで、僕は何か彼女の好きそうなものを買って、クリスマスにプレゼントをする心算ではあったのだ。
 そんなことも知る由もない彼女は、顰めっ面をした儘、まだ自分の体に着いた臭いを気にしている。

 しかし、それにしても、彼女は何でこんな処へと来たのだろうか? ここに敵がいるとでも言うのだろうか? それとも、単に逃げ出しただけなのだろうか? いや、彼女が目的も無いまま、こんな処に僕を連れて来る訳がない。何かがここにある筈だ。
 しかし、僕が辺りを見回しても、ここには大自然の他には、石段があるだけで、何の施設も見えはしなかった。
(この石段を登るのだろうか?)

 僕は彼女に尋ねてみた。
「ここは、何処なのですか? ここに敵が、バアル……なんとかが、いるのですか?」
「いや、ここではないな。あちらの方角だから、矢張り東京都心か……」
「じゃぁ、どうして?」
「マンションで、虫の襲撃を迎え撃つ訳にはいかない。奴はどのくらい同時に虫を操れるのか? 十匹か? 二十匹か? それとも無限か? もし、相当量の虫がマンションに襲ってきたら、マンション中がパニックになってしまう。場合によっては、片瀬東浜地区全体がそうなるかも知れない。だから、多少なりと迎撃に有利になる場所へと、一時避難したのだ」

 僕たちがそんな話していると、砂利道の上の方から、二人の作務衣(さむえ)を着た修行僧が、僕らを見つけたのか、庭帚(にわぼうき)を担いで走り降りてきた。どうも僕らは、彼らに歓迎はされてはいない様だった。
「お前たち、ここは私有地だ。用の無い者は早々に立ち去れ!」
 彼女は修行僧のクレームを完全に無視し、僕にこの場所の説明を始めた。
「大悪魔と言って、その説明の要らない場所。多少なりと大悪魔と戦える法具があり、悪魔退治の修業した者が何人かは暮らしている場所。それがここだ」
「それって、もしかして……」
「ああ。この地こそ、光臨派の総本山だ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み