オオミズアオが翔び、月下美人の咲く夜に

文字数 473文字

 灯りを点けない薄暗い部屋……。
開け放たれた窓から差し込む月明りだけが、その部屋の中に満ち溢れている。
 ベランダから流れこんでくる甘い香りに、彼女はその蕾が今開いたことを感じとった。
 彼女が窓の外へと目を遣ると、風に(なび)くレースのカーテン越しに、白く輝くその大輪の花が、大きく口を開き、白蛇の如くに首をもたげ、その罠に獲物が掛かるのを、ただ只管に待ち侘びている。
 妖花の獲物とは、花の美しさと甘い香りに魅せられた、哀れな鱗翅虫か、はたまた小さな蝙蝠であろうか?

 オオミズアオ……。
 会社からの帰り道に、公園で見た翠色の翅を持つ、一匹の美しい蛾のことを、彼女は思い出していた。
「あの薄水色の蛾も、この花の香りに惹かれるものかしら……。私の獲物たちが皆そうであるように……」

 条件反射と云うものだろうか?
 最近、彼女はその花の香りを嗅ぐ度、その衝動を抑えることが、(とみ)に出来なくなってきている。それは、彼女自身が、香りに魅せられた獲物の一つであることを、如実に物語っているのだ。

 こうして彼女は、今宵も獲物を求め、暗い街へと一人飛び出して行くのである。
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