そして僕は彼女と会った その3

文字数 1,472文字

 僕の名前は及川雅史(おいかわまさし)。神奈川県の大和市にある渋谷と云う場所に住んでいる。余談ではあるが、この渋谷、以前は福田と呼ばれていたのだけど、数年前に区画整理があり、綺麗な家が立ち並んだせいなのか、聞こえの良い渋谷と云う地名に書き替えられたのだそうだ。
 それは兎も角……。この三月に、東京の大学を卒業する僕は、四月から藤沢市にある地元記事専門の小さな出版社に務めることになっていた。そこは湘南出版と云う社名で、そこに就職が決まったこともあり、僕は一人前のジャーナリスト気取りで、常にネット記事をチェックし、面白そうなネタがあると、多少馬鹿々々しいと思える物であっても、跳び付く様に首を突っ込んで、地域の情報なら何でも集めることにしていたのだ。
 僕が妖怪退治のアルバイトに応募したのも、実はそんな理由からだった……。

『急募、妖怪退治。日給五千円。装備、交通費全額支給。面接希望の方は、メールアドレスを入力し、今すぐ下をクリック』

 それにしても、この様な話を誰が信用すると云うのだろうか?
 この様なものをクリックすると、有料エロサイトに飛ばされるかも知れないし、ウィルスやマルウェアにパソコンが犯される危険性だって少なくない。
 僕は安全の為、メールアドレスを一時的なものに変え、事前にパソコンのバックアップも取り、ワクチンソフトだって、ちゃんと最新定義ファイルに更新した。だが、それでも「クリック」ボタンを押すのは、僕も随分と勇気が必要だったものだ。

 一応、言っておくが、僕は妖怪なんて物は存在しないと考えていたし、超常現象なんて、科学的な見地から全て説明できると信じていた。だから、僕はこれも品の悪い冗談としか思っていなかった。
 抑々(そもそも)、最低賃金の学生アルバイトでも、日給五千円はあまりに安過ぎだ。パートタイムで二・三時間の仕事なら兎も角、一日の日払いで、幾ら何でもこれはないだろう。
 だけど、上手くすれば、妖怪退治に名前を借りた組織犯罪に出くわすと云う可能性もあったし、そうならそうで、それをスクープ出来る何てことも、僕は考えていたのだ。

 送信後、そんなことを僕が考えていると、意外と早く返信メールが返ってきた。
 内容は、直ぐ次の土曜日、即ち今日なのだが、午前十時、新宿にある、とある雑居ビルの一室で、妖怪退治の面接を行うとのことだった。僕は言われた通り、今日の十時にその場所に行くことにしたのだ……。

 これには、流石に彼女も呆れたらしい。
「それにしても、良くもまぁそんな危険な事が出来たものね……。もしかしたら、危ない種類の人たちがそこに待っていて、あなたから、ぼったくろうとしていたかも知れなかったのよ」
(仰る通りだ……)
(今後は僕も、少しは気を付けよう)

 若気の至りと言うか、怖い物知らずと言うか……。僕は何も考えずに、その謎の面接に参加しに、時間通りに指定された新宿の雑居ビルを訪れ、その階段を登っていった。

 その怪しい会社の看板と、面接会場の文字、矢印の描かれた張紙が無ければ、僕はその会社の扉を無視して、別の階に行ってしまったかも知れない。そんな、酷く目立たない場所だった……。今思うと、恐らく、そこには会社など存在せず、只、一時的に貸しオフィスを使用しただけだったのだろう。
 僕はその会社の扉をノックし、扉を開いた。

 そこは、受付しかない二畳程度の無人の部屋で、カウンターに「御用の方はこのチャイムを鳴らして下さい」と書かれたパネルがあって、その脇にチャイムらしきボタンがあった。

 僕は、パネルの書かれた通りの指示に従い、そのボタンを押した。
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