師匠との闘い、そして別れ その3

文字数 2,004文字

 師匠たちは、彼女の説得に応じ、この世界から撤退することに同意した。
 彼女にも、余力など残って無かったとは思うが、大悪魔側にも、講和に応じず闘うなどと云う戦力は、もう欠片も残っていなかったのではないだろうか?
 それより、一刻も早く、別時空で回復と補給を済ませる必要の方が、彼らには遥かに大きかったのに違いない。

 僕にとって、大悪魔の彼らは敵だったのか? 人間にとっては、間違いなく敵だった筈なのだが……。

 ほんの少しの短い時間だったのだけど、結構、僕には濃密な出会いだった。それだけに、別れの挨拶と云うものは、敵同士だとしても感慨深いものになる。
 
「こいつは、転生しなきゃ助からねえ。また、赤ん坊からやり直しだな……」
 師匠は、既に意識のない氷の大悪魔を肩に担いでいた。そして、何とか立つことの出来る炎の大悪魔には、反対側の肩を貸している。
 彼女は腕を組んだままで、そんな師に別れの挨拶を述べた。
「では師匠、また会えることを楽しみにしています。それまで、お体を慈しんでください。あなたの志は必ず私が継ぎますので」
「おう、後悔するなよ。俺たちを今ここで見逃したことをな……」
 師匠も口を歪ませて笑った。彼の精一杯の愛情表現だったのだろう。
「見逃すも何も、私は本当はこんな面倒なことしたくはないのです。でも師匠は知らないでしょうけど、これを私に命じたのは、遥か悠久の昔に存在した、あなた自身なのですよ」

 お嬢が僕の方に寄って来る。
「お兄ちゃん、元気でね」
「ああ、君もね」
「お兄ちゃんが教えてくれた方法、あれ便利そうだから使ってみるね。だって、人を殺すより、キスした方が、人間に復讐されるリスクが少なくて、絶対安全でしょう?」
 出来れば、そうして欲しい。そうすれば、人間と大悪魔は、もう争わなくて済むかも知れない。そうなれば、もう少し協力的な関係に、僕たちもなれるのではないのだろうか?

「お前が安全なんてことを口にするなんて、どうした風の吹き回しなんだ?」
 岩男君が不思議そうにお嬢に尋ねた。
「煩いわね! 私にも夢が出来たのよ……。だから私は、夢が叶うまで、ずっと何時までも生きることにしたの!!」
 それを聞いて、師匠と岩男君は驚きに目を丸くする。気まぐれそうなお嬢だが、そんなことを言い出したのは初めてだったのに違いない。
 一方、岩男君は、本気なのか、変なことを悩みだした。
「へぇ~、じゃ、僕はどうすればいいかな? やっぱ、僕も、男の人とキスをしなきゃいけないのかなぁ?」
 それには、僕の彼女、耀公主が答える。
「女の人でも大丈夫よ。お姉さんが実証済み。でも、それには女の人にキスしても嫌がられないように、もっといい男にならないとね。あるいは、別の方向に走って、男の子にもてるようになるとか……」
(公主、子供に向かって何を言っている!)

 その彼女に、今度はお嬢が挨拶をしに近寄って来る。
「大人の私! 今度会う時にはもっと強くなって、この借りは絶対返すからね。首を洗って待ってなさい!」
「本当、生意気な小娘ね。次はその減らず口を二度と叩けなくなる様にしてあげるから、覚悟しておきなさい!」
 師匠はやれやれといった表情で、再び最愛の弟子に声を掛けた。 
「じゃぁ、我々はいくぞ。長居すると人間に報復されるからな」
 師匠を始めとする五人の大悪魔は、もう一度、僕たちに手を振ってから、大久保の方向にある闇の中へと歩いていく。段々と闇の中に、闇と一体化する様に、彼らの影は薄くなり、そして、消えていった。

「では師匠、お元気で……。時空の裂け目の戸締りはしっかりお願いしますね。変な毛虫が入って来ない様に……」
 かつて、自分が裏切って殺した仲間たちを見送りながら、彼女は小さく最後の挨拶を呟いたのだった。

 さて……、僕は、先程から気になっていたことを彼女に尋ねた。
「公主、魔力をあんなに使えるなんて、随分と生気の容量ってあるものなのですね。バアル何とかと闘った時、そんなに魔力を使ってないですよね。もしかして……、光臨派から逃げ出すのって、実は僕、何もしなくても出来たんですか? て言うか……、もしかして、光臨派に拉致されたってのも、そもそも僕の勘違い? いや、嘘……?」
「いや、マサシが守ってくれたお蔭だ。助かった。ありがとう!!」
 彼女は晴れ晴れとした表情で、僕に礼を言った。そして、気持ちはすっきりしたが、体は未だベトベトだと言わんばかりに、「シャワーが浴びたいな」と付け加えた。
 僕は、近くの自動販売機に走って行って、ペットボトル入りの天然水を買った。そして、その水で自分のハンカチタオルを濡らし、「はい」とばかりに、僕はそれを軽く絞って彼女へと手渡した。
 彼女は、そのハンカチを笑顔で受け取り、顔と髪の毛を拭く。そして、彼女はハンカチを返す時、再び笑顔になって僕にこう言ったのだ。
「では、ロリコン。私たちも帰ろうか!」
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