蟲王の挑戦 その2

文字数 1,322文字

 耀公主の能力の一つに、危険察知があることを僕は思い出した。そう言えば、彼女は危険を感じると、気持ちが悪くなるって前に言っていた気がする。

「取り敢えず、先ず、その脅威の原因が何なのかを確かめたい。済まぬが今日一日、私に付き合って欲しいのだ」
 彼女の要望に、僕が合意の言葉を口にしようとした将にその時だった。開け放したドアから入ったのか? それとも僕の背中にとまっていたのか? 僕の背後から緑色のオオカマキリが部屋の奥へと飛んでいった。
 カマキリはベランダの手前で着地すると、奥の部屋の窓を背に振り返り、なんと僕たちに人間の言葉で話し始めたのだ。
「探したぞ、盗っ人め! 私は〇▽▼△。全ての虫を……」
「おい、虫! その発音では、マサシの耳には聞こえない。人間の可聴域のみで話せ」
 彼女はオオカマキリにそう告げる。
「そうだな、折角だから、私の名前を付けることにしよう。フェニキアの神の名を取ってバアルゼブルとでもしてみるか……。私はインセクトマスターバアルゼブル。全ての虫を操る者。そして、この時空を統べる者だ」
(何なんだ? カマキリの分際で……)

「盗っ人悪魔め。ここは私の縄張りだ。貴様は時空の彼方(かなた)へと早々に逃げ去るがよい。さもないと……」
「さもないと?」
「お前の命、無いものと思え」
 彼女は少し残忍な笑みを浮かべ、「言いたいことはそれだけか?」と尋ねた。オオカマキリはそれには答えず、自慢のカマで口や頭を掃除している。
「そうか……。では、これが私の答えだ」
 彼女は、何時の間にか手にしていたスリッパの裏で、虫の体がバラバラになる程の力を込めて引っ叩き、オオカマキリをぐちゃぐちゃに叩き潰した。
「カーペットを掃除せねばならないな……」
 彼女は、そう呟いて、虫の死骸を眺めた。

「公主、なんか、台詞の割にはとっても弱い奴でしたね」
 彼女はそれには答えず、考える様な表情で、虫の死骸の、潰れた腹の部分で何やら蠢く白い針金の様なものを摘まみ、左の掌に乗せて僕に見せた。
「こいつが、カマキリを操っていた様だ」
 彼女の掌の上にあった、髪の毛状の細いものは、次の瞬間には、黒くなって溶ける様に丸くなり、青い炎を上げたかと思うと、すぐに燃え尽きていった。
「やっつけたんですか?」
「いや、これも本体ではないらしい。それに、同時に操れるのは、たった一匹だけではないようだぞ」
 彼女の視線の先、キッチンの方角に僕が目を遣ると、夜でもないのに黒い虫が十数匹、キッチンの壁の辺りを歩き回っていた。
 そいつらを退治しようと、僕がキッチンへ行き、持っていたスリッパを大きく振り上げた時だった。海風と波の音が奥の部屋の方から突然聞こえてきたのは……。
 僕が目を遣ると、何時の間にか、彼女はベランダへの掃出しサッシを全開にし、カーテンも開いた儘、窓の方に頭を向け、足を少し開き気味に膝を立て、仰向けにカーペットの上に横になっている。
(ワンピースの裾の中が、見えそうだな~)
 不謹慎と思ったが、こんな時にも関わらず、僕は思わずそんなことを考えてしまう。

「早くしろ。乗れ!」
「えっ、公主? 突然そんなこと言われても、心の準備ってものが……。窓まで開けて、そんな朝っぱらから大胆な……」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み